社会保険労務士に聞く!〜後編:ワーケーション・ブレジャーのメリット、運用について〜

先般公開した前編記事では、社会保険労務士法人ときわ経営労務 大石先生に、成長企業の労務分野についてお話をお伺いしました。本記事では、観光庁が「新たな旅のスタイル」として推進しているワーケーション・ブレジャーを中心にお話しいただきました。

※本記事の内容は、記事作成時点のものです。各法令の最新情報は別途お調べ下さい。

参考:「新たな旅のスタイル」ワーケーション&ブレジャー企業向けパンフレット(国土交通省観光庁)


ワーケーションとは...
Work(仕事)とVacation(休暇)を組み合わせた造語。テレワーク等を活用し、リゾート地や温泉地、国立公園等、普段の職場とは異なる場所で余暇を楽しみつつ仕事を行うことです。休暇主体と仕事主体の2つのパターンがあります。
ブレジャー(ブリージャー)とは...
Business(ビジネス)とLeisure(レジャー)を組み合わせた造語。
出張等の機会を活用し、出張先等で滞在を延長するなどして余暇を楽しむことです。
引用元:国土交通省観光庁「新たな旅のスタイル パンフレット簡易版
プロフィール
大石 健太郎/社会保険労務士法人ときわ経営労務
・社会保険労務士
・公認会計士
一橋大学卒業後、大手監査法人にて上場企業の法定監査業務、IPO支援業務、コンサルティング業務等の公認会計士業務に従事。2014年、監査法人退職後、大石公認会計士事務所開業。2017年に社会保険労務士法人ときわ経営労務に参加し現在に至る。米国上場やIFRS導入を支援するQuantum Accounting㈱監査役。


ー「新たな旅のスタイル」として、観光庁がワーケーション・ブレジャーを推進しています。これらを導入するメリットは、どのようなことがあると思われるでしょうか。

テレワークが定着しつつありますので、自宅以外の場所で、たとえそこが観光地であろうとも、仕事ができるような制度を取り入れる企業は増えているのではないでしょうか。
ワーケーション・ブレジャーは、働き方の自由度を高められ、従業員の心身の健康と満足度を向上させる施策として有効であると考えられます。従業員の心身のリフレッシュが図られ、業務における集中力や発想力の向上も期待されるでしょう。
採用市場へのアピールにもなり、自律的な働き方を志向する優秀な人材の確保に有効となり得ると考えられます。

メリットのひとつとして年次有給休暇の取得促進も挙げられます。旅先で就業する場合、その就業時間は休暇ではありませんが、旅先での就業日に年次有給休暇をつなげることで、従業員は年次有給休暇が取得しやすくなると考えられます。併せて半日単位や時間単位の年休の制度を採用すれば、より柔軟に年次有給休暇が取得可能になると考えられます。

また、2019年4月から年次有給休暇の5日間の取得が義務化されています。ワーケーション・ブレジャーの導入は、この義務の確実な履行にも資すると考えられます。

― 先般、新型コロナウイルスの流行によって外出機会が減り、世界的に有休消化率が下がったという調査報道がありました。ワーケーション・ブレジャーは有給消化率の向上策にもなり得るのですね。

参考:有給休暇・国際比較調査2020 第二弾 日本人の有給休暇取得日数・取得率、5年ぶりに低下 一方で「上司や会社が休暇に協力的」は10%以上増加!(エクスペディア・ジャパン)

― ワーケーション・ブレジャーを導入するにあたって、労務担当者は何を押さえておくべきでしょうか?

労務担当者は、ワーケーション・ブレジャーを導入することによるメリットと併せて、注意すべきポイントを十分に理解し、各社の事情に応じた制度設計を行う必要があると考えられます。

まず、就労時間と私的時間の明確な線引きが重要です。この線引きができていないと、適正な給与計算ができません。
就労時間と私的時間が短時間で混在するような働き方は労働時間管理が困難になりますので避けた方がいいでしょう。また、仕事が終えられずに働き続けるような結果になってしまったら休暇取得の意味がなくなってしまいます。半休や時間休を利用して休暇日中に業務を行う場合でも、あらかじめ連続した時間を確保し、特定のタスク実施やウェブ会議参加など、限定した業務のみ行う運用とすべきと考えられます。

就労時間と私的時間の区別は、ワーケーション・ブレジャー中の災害に対する労災保険適用の判断のためにも重要です。発生した災害は業務遂行性・業務起因性の両方が認められる場合に業務災害と認定され、労災保険の適用対象となります。

業務遂行性 労働者が労働契約に基づいて事業主の支配下ないし管理下にあること
業務起因性 業務と傷病の間に相当因果関係が存在すること

― 労災の判断が難しいのはテレワークも同様ですね。

はい。テレワークでも業務遂行性・業務起因性ともに判断しづらい場合が多くあります。厚生労働省が発行している「テレワークにおける適切な労務管理のためのガイドライン」では、このような事例が紹介されています。

自宅で所定労働時間にパソコン業務を行っていたが、トイレに行くため作業場所を離席した後、作業場所に戻り椅子に座ろうとして転倒した事案。
これは、業務行為に付随する行為に起因して災害が発生しており、私的行為によるものとも認められないため、業務災害と認められる。
引用:テレワークにおける適切な労務管理のためのガイドライン 22p(厚生労働省)

― ワーケーション・ブレジャーの目的地と自宅との間の移動中に事故にあった場合には、労災保険が適用されるのでしょうか。

ワーケーションのための移動は、通勤ではなく私的行為の移動とみなされ、労災保険の補償対象とならないケースがほとんどであると考えられますが、ワーケーションの場所の自宅からの近接性や旅程その他の条件によってはモバイルワークの場合と同様に通勤災害として認められる余地もあると思われます。


また、通常の事業主の指示による出張の場合には、出張に出発してから帰着するまでが事業主の支配下にあるため、移動時間を含めた行程全体に業務遂行性を認め、移動中の災害については通勤災害ではなくて業務上災害として判断されるのが原則です。出張先等で滞在を延長するブレジャーの場合、休暇中は業務遂行性が認められませんが、帰路の移動については業務遂行性が回復していると認められれば、労災保険の補償対象となると考えられます。
個別の判断は、労働基準監督署で行われますので、事案ごとに所轄労働基準監督署にご確認ください。

― 企業がワーケーション・ブレジャーを制度導入する場合に、他に検討または留意すべきことはありますでしょうか。

ワーケーション・ブレジャーにかかる費用を会社が一部負担する制度があれば、従業員にとってはより利用しやすくなると考えられます。
会社が負担するワーケーションやブレジャーのための旅費の税務上の取扱いは、明確には定められていません。ただし、ワーケーションの場合には、業務上の必要性がない旅行先で仕事をするものですので、企業が旅費を負担したり手当を支給したりする場合には給与課税の対象とすべきと考えられます。

― コロナ禍では働き方の多様化が一気に進み、労務担当者は在宅勤務制度の導入など、これまでにない新たな論点に対応しているものと思います。特に注意すべき事項はありますか?

コロナ禍により在宅勤務手当の支給を開始した会社は多いですが、国税庁FAQでは、在宅勤務手当について、従業員が通信費や電気料金のうち業務のために使用した部分を合理的に計算して精算する場合には、その実費相当額は給与課税する必要がないとしています。しかし、実務上は、従業員に一律に渡切りで支給され、従業員が在宅勤務に通常必要な費用として使用しなかった場合でも返還する必要がないものとして支給されることが多いと思いますので、その場合には在宅勤務手当の金額を給与課税する必要があります。

参考:在宅勤務に係る費用負担等に関するFAQ(源泉所得税関係)

また、渡切りで支給される在宅勤務手当については割増賃金の基礎にも含めなければならないと考えられますので注意が必要です。割増賃金の基礎に含めなくてよい賃金は限定列挙されていますが、渡切りで支給される在宅勤務手当はそれにあたりません。


固定残業代を支給している会社にあっては、あらかじめ支給している固定残業手当の金額が固定残業対象時間分の給与としては不足しており、給与の未払が生じている可能性があります。

参考:割増賃金の基礎となる賃金とは?(厚生労働省)

― 在宅勤務制度の導入に併せて通勤手当の支給方法を見直す会社も多いと思います。その場合に注意すべきことはありますでしょうか?

在宅勤務の導入により通勤が減ったことを理由に通勤手当の支給を停止した会社は多いですが、在宅勤務に関する規程が未整備で、就業規則上に通勤手当を支給停止する十分な根拠がない場合には、通勤手当の未払が指摘されるおそれがありますので注意が必要です。

また、通勤手当の定額支給を廃止して、出勤した日数に応じて通勤交通費を実費精算する場合もあると思います。その場合、実費精算する通勤交通費の社会保険上の取扱いには注意が必要です。

在宅勤務が定着した結果、従業員の勤務の場所が自宅であり、会社への出勤が出張のごとく捉えられる場合には、その移動の費用は会社が負担すべき経費になるものと考えられます。
今後もテレワークが続くことを想定し、会社所在地からへ遠方の地方に移住する方が増えていますが、例えば月に1回程度の出社であれば、その移動費用は会社経費として取り扱って差し支えないものと考えられます。

他方、在宅勤務をすることがあるものの、依然として会社へ出勤することが基本であるような方の場合には、会社への移動は通勤であり、移動費用は通勤手当として労働保険料や社会保険料の算定の基礎に含める必要があると考えられます。

― コロナ禍の変化に対応するにあたっては、メリットだけでなく生じる可能性のあるリスクも十分に検討することが重要ですね。

前編の記事でもお伝えしたとおり、企業では一度運用を開始した就業ルールは容易に変更できない場合があります。ワーケーション・ブレジャーや在宅勤務の制度導入でも同様です。後に困ることがないように慎重に検討のうえ導入することをおすすめします。

― 世の中の流れや社会情勢に合わせた制度設計や対応を取ることは重要ですが、労務担当者ならではの視点でメリットとリスクのバランスを取った判断をしていただけると企業にとっても従業員にとっても安心できますよね。
ありがとうございました!

以上、二記事に渡って社会保険労務士法人ときわ経営労務 大石先生にお話をお伺いしました。ご参考にしていただけますと幸いです。


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