幸運を運ぶ犬【ショートショート】
N氏は、少し前から飼い始めた雑種犬と暮らしている。ある日、庭に迷い込んできた犬だったのだが、彼には一つだけ特技があった。毎日のように道端で何かを拾ってくるのだ。
ある日は小さなペンダント、ある日はポケットから落ちた財布やイヤホンと様々な落とし物をまるでお手柄のようにN氏のもとに運んでくる。満足気な笑顔を浮かべた後、N氏の前で獲物を落とし、持ち主の元へN氏のことを連れ出そうとするのだ。
仕方なくN氏は、犬と一緒に落とし物の持ち主を探し、返しに行く。すると不思議なことに、お礼を言われるだけでなく、必ずちょっとした「御礼」をもらえるのだ。例えば近所のパン屋の奥さんには焼きたてパンをもらい、ある日拾った財布の持ち主にはコーヒー代を渡され、時には「助かりました」と意外なほど高額な謝礼をもらったこともあった。
N氏は次第に「幸運を拾ってくれる犬」だと思い始め、「ラッキー」と名付けた。
N氏は「ラッキーは必ず幸運を運んでくれる」と信じ始めた。そしてラッキーが拾いものをするたびに意気揚々と返しに行くようになり、まるで「お礼を集める」ことが日課になっていった。ラッキーの満足気な笑顔もN氏の幸せを満たしている。
そんなある日、ラッキーが妙な黒いカバンをくわえて帰ってきた。見るからに重厚で怪しげなそのカバンを見て、N氏は少し嫌な予感がしたが、「今までだって大丈夫だった」と軽い気持ちでラッキーに連れられて持ち主のもとに返しに行くことにした。
ラッキーが案内する先は、寂れた倉庫街。まわりは妙にひっそりとしていて、薄暗く不穏な空気が漂っている。N氏は次第に「これは少しヤバいかもしれない」と思い始めたが、引き返すタイミングを逃してしまった。やがて、ラッキーが止まったのは古びた倉庫の前。黒ずくめのスーツ姿の男たちが立っていて、N氏が黒いカバンを持っているのを見つけるやいなや、全員の目が鋭く光った。
「お前が持ってきたのか?」
「え…いや、ラッキーが拾って…」
「ごちゃごちゃ言うな。中に入れ」
N氏は突然腕をつかまれ、そのまま倉庫の中に押し込まれた。中は薄暗く、異様な空気が漂っている。手錠をされ、倉庫の奥に運びこまれてしまった。N氏の表情はかつてないほど引き攣る。
そんなN氏の近くにラッキーが寄ってきてくれる。N氏を守るのは幸運の犬の力以外にもう無い。
しかしラッキーはあろうことか、男たちのボスらしき元の前にN氏を引っ張ってきた。そしてN氏から離れ、男たちの方へと寄っていく。
「今回もよくやったな、流石は幸運を運ぶ犬だ」
唖然とするN氏を前に、怪しい笑顔を浮かべながら話を続ける
「信じられないかもしれないが、この犬は幸運を運ぶ犬でな。しばらくすると、カモになりそうなやつを連れてきてくれるんだ。連れてきた男はみんな、良く働いてくれるよ」
N氏はそれを聞いて察した。誰かの幸運は必ずしも自分の幸運とは限らないのだ。最後に見たラッキーは今日も満足気な笑顔をしていた。
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