快適な生活【ショートショート】

N氏は普通のサラリーマンで、平凡な日々を過ごしていた。裕福といえる程ではないが、極貧生活を送るような年収でもない。むしろ平均より少しいいくらいの給与を貰い、郊外エリアで最寄り駅から10分程度の1LDKのマンションに住んでいた。

ある日、ネットで偶然見つけた大手家電メーカーのキャンペーンに目が留まった。「レビューを書くと最新型コーヒーメーカーを無料で試供します！」と書かれている。コーヒーを日頃から飲んでいるN氏であるが、ちょっとした贅沢品であるコーヒーメーカーは気になるが買う気にはなれなかった。レビュー等は少し手間であるが、いい機会とだと思いN氏は早速申し込んだ。

数日後、家に届いたのは、見たこともないような高性能のスマートコーヒーメーカーだった。音声認識機能付きで、「おはよう、N氏。今日のコーヒーはいかがいたしましょう？」と話しかけてくる。N氏は嬉しくてたまらず、「カプチーノを頼む」と頼んだ。すぐに美味しいカプチーノが出来上がり、N氏はその味に感動した。

しかし、使い始めてしばらくすると、家中に強烈なコーヒーの香りが染みついてしまった。朝だけでなく、夜寝る時や帰宅時にもコーヒーの香りが充満している。最初は心地よいと思っていたが、次第にその香りが鼻につき始めた。

「これじゃあ、いつもカフェにいるみたいだ、目が覚めて落ち着けない」

N氏はため息をしつつ、家電メーカーに相談の電話をかけた。すると、担当者は非常に丁寧に対応し、「お客様、それはよくある問題です。コーヒーメーカーを頻繁に使用すると、どうしても香りが広がります。それを解決するために、我々は最新型の空気清浄機をコーヒーメーカーをご購入頂いた方限定で、割引価格でご提供しております」と提案された。

「それなら試してみるか」とN氏は思い、割引価格で空気清浄機を購入することにした。数日後、空気清浄機が届き、N氏は早速設置した。空気清浄機は静かに動作し、部屋の空気をきれいにしてくれる。しばらくの間、N氏は快適な生活を楽しんでいた。

しかし、空気清浄機が常に稼働しているため、電気代が急激に増えてしまった。コーヒーメーカーと空気洗浄機は確かに暮らしを豊かにするが、お金を取られるくらいなら解約しようとN氏は再びメーカーに連絡を取った。担当者は再び丁寧に対応してくれる

「それなら、最新型のエネルギー効率の良いスマート電力システムをお試しいただけます。これで電力消費を最適化し、コストを削減できますがいかがでしょうか？」

まるで準備していたかのようにスムーズな応答に、Ｎ氏は少し違和感を感じたが、空気洗浄機の購入者限定で半年も無料で利用できるといわれ、結局受け入れることにした。

N氏はスマート電力システムを導入したことで電力消費が最適化され、電気代も大幅に減少した。家の中の家電製品もスムーズに動作し、N氏はしばらくの間、快適な生活を楽しむことができた。

更に、スマート電力システムは機能がアップデートし、自動で付け忘れ等を消してくれる他、朝は電気を徐々に明るくすることで目がさめるようにアシストしてくれたりと想像以上のサービスをしてくれた。電気代も節約でき、家電メーカーへの不信感も消えていった。

数年後、N氏の家族に新たな人が加わることが決まった。奥さんが妊娠し、子供が生まれることになったのだ。N氏は家族が増えることに喜びを感じる一方で、今の家が手狭になるため、引っ越しを検討し始めた。しかし、スマート電力管理システムが使える新しいマンションを見つけるのは容易ではなかった。

「このシステムを使えない場所に引っ越すなんて無理だ」とN氏は頭を抱えていた。そんなある日、家電メーカーから電話がかかってきた。

「もしもし、N氏様でしょうか？お家をお探しではありませんか？実は当社が提携しているマンションがありまして、そちらでしたら現在お使いのスマート電力システムもご利用いただけます。」

N氏は思わず顔を上げた。まさか、こんなタイミングで適切な住居が見つかるとは思ってもいなかった。電話の向こうからの提案に、N氏の頭には一抹の不安がよぎったが、快適な生活を維持するためには避けられない選択だった。

こうして、N氏はまたしても新たなステージに足を踏み入れることとなった。新しい家族と共に、新しい家での生活をスタートさせる始めたのだった。引っ越しが終わった頃にスマート電力システムから音声メッセージが届く。

「この度はご引っ越し、おめでとうございます。つきましては、快適な暮らしをご支援するベビーシッターサービスのご利用はいかがでしょうか…」