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夢の家【ショートショート】

N氏はついに夢だった家庭用3Dプリンターを手に入れた。最新モデルのそれは、家具から食器、さらにはインテリア小物に至るまで、あらゆるものをその場で瞬時に「印刷」してくれる優れものだ。N氏はこれで部屋のデザインを好きな時に変え、理想の暮らしを手に入れることができると大喜びだった。

朝は軽やかで明るいカフェ風のダイニングテーブルで朝食をとり、昼にはモダンなワークスペースに作り替えて仕事をこなす。夜になれば、気分に合わせてリビングをクラシックな映画館風に仕立て、ソファにどっしりと腰を下ろして映画を楽しむ。インテリアを一瞬で作り替える生活に、N氏はすっかり満足していた。

週末には友人たちを招待し、3Dプリンターの力を見せつけた。友人が人数分の椅子が必要と言えば、その場で椅子を追加し、飲み物のグラスが足りなければ新しいデザインのグラスをすぐにプリント。友人は目を丸くして驚き、N氏はその度に「これが最新の3Dプリンターの力さ!」と誇らしげに語るのだった。

やがてN氏の「夢の家」に対する欲望はエスカレートしていった。シンプルな部屋に飽きてくると、今度は部屋全体を異世界のような複雑なデザインに仕上げることを考え始めた。廊下を迷路のように入り組ませ、複数のドアや隠し通路風のデザインを施し、ちょっとしたダンジョン風の部屋を作り上げる計画だった。

「こんな部屋にしておけば、友人たちも驚くだろう」

N氏は意気揚々と3Dプリンターのプログラムをセットした。部屋をバラバラのテーマで構成し、ドアも壁も、それぞれ異なるパターンで統一感をあえてなくした。プリンターの動作が始まり、部屋全体が異世界へと変貌していく様子に、N氏は期待に胸を膨らませた。

部屋の完成を確認すると、N氏はコーヒー片手に得意気に歩き回り、その圧倒的な仕上がりに感動していた。迷路のような廊下に、いくつもの秘密のドア。奥まったところに設けた暗がりの小部屋には、自らデザインした謎めいたオブジェが並び、少し不気味な雰囲気さえ漂っている。

「いやぁ、完璧だ!」

満足げに声を上げ、部屋の隅々を見て回っていたN氏だが、やがてその完璧な計画に思わぬほころびが現れた。

「あれ、出口ってどこだっけ…」

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竹貫裕哉|ショートショート作家
あなたの1分を豊かにできるようこれからも頑張ります!

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