瞬間移動装置【ショートショート】
希代の発明家のN氏は、ついに夢の瞬間移動装置を完成させた。彼は発表会で、多くの科学者やメディアの注目を集め、歓声の中で装置のデモンストレーションを行った。ボタンを押すと、N氏は一瞬でステージの反対側に現れ、観客は驚嘆の声を上げた。N氏は約束された栄光を掴めると確信した
しかし、初めての成功の後に判明した欠点が、N氏の夢を大きく揺るがすことになる。テレポート自体は体感的には瞬時に行われるが、実際には距離が遠くなるほど移動に要する時間が増大するのだ。近距離の移動では数秒で済むが、遠距離の場合、実際の時間は何倍にも引き伸ばされることが分かった。
N氏の瞬間移動装置は、最初は世間から大いに期待された。旅行会社はこの技術を導入し、長距離旅行を宣伝した。しかし、旅行者たちは目的地に到着するまでに数時間、時には数日間もかかることに気づいた。到着した時には休暇の大半が終わっており、旅行の楽しみも半減してしまうため、とてもじゃないがつかいものにならなかった。
物流業者もまた、テレポート装置を試みたが、重量オーバーやサイズ制限の問題で、貨物の輸送に実用的ではなかった。唯一、郵送サービスとして利用しても、荷物の到着タイミングが予測できないため、顧客からの信頼を得ることができなかった。
人々はこの装置を「軌跡のわからない奇跡の装置」と皮肉り、N氏の発明を笑いものにした。
N氏は絶望した。彼は自らの発明が無価値とされ、名誉を失ったことに耐えかね、瞬間移動装置を使ってしばらくの間姿を消そうかとさえ思った。
ある夜、N氏は落胆して近所のバーに行き、酒を飲みながら愚痴を漏らしていた。
「俺の発明は失敗だった…」
つぶやく彼に、隣に座っていた男が話しかけてきた。
「発明家のN氏ですよね?失敗した発明って、瞬間移動装置のことでしょう?何を言ってるんですか?間違いなく夢の装置ですよ!」
目を輝かせながら元気よく話しかけてくる男に対して、N氏は少しこころをひらいた。つづけさまに男は質問を行う
「例えばそれって、壁をすり抜けたり、一種のタイムマシンみたいに使えるんじゃないですか?」
N氏はその発想力に感動し、意気揚々と話し始めた。
「そうだ、理論的には可能だ。時間と空間の歪みを利用すれば…」
その晩は、明け方まで質問されるがままに、詳細を熱心に語り続けた。
ああ、本当はこういった風に世の中に認められたかった。その日の夜は久しぶりに機嫌良く眠りにつくことができた。
その数日後、N氏の装置が何者かに盗まれる事件が起こった。警察が調査を始めたが、手がかりは一切見つからなかった。 翌日、世界最大の宝石店の倉庫に何者かが侵入し、痕跡も残さずに大量の宝石が消失したというニュースが流れた。N氏はニュースを見ながら嫌な予感がした。
「まさか…」
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