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【夢×夜:31】スピンオフ番外「フジエさん」

こんな夢を見た。
ビッグコミックオリジナルの最新号を手にしていた。表紙は犬。

浦〇直樹の人気タイトルが前号で最終回を迎え、そのスピンオフ番外編が描かれていた。

そのタイトルは読んだ事がない。のに何故か夢の中での私は熱心に読んでいた。
スピンオフの主人公は高校三年生の女の子。正直可愛い方ではない。浦〇マンガで言えば伊東富士子みたいな感じ。ややこしくなりそうなのでここからは「フジエさん(仮)」としておこう。

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主人公が同じクラスの同級生の女子ともみに片想いしている、というのを、誰に気付かれるでもなく、ただたくさん喋ったと一人喜んだり、顔が近付いたとドキドキしたりする様を描いている日常物だった。
「私はともみさんが好きだ」などという文字での説明も一切ない。でもフジエさんはともみさんの事が好きなんだな、というのは読者にちゃんと分かる描写になっている。

そんなフジエさんの恋の行方を追う夢の中の私は、何故かフジエさんと同じ高校三年生だった。
一番最初に住んでいたアパートから少し歩いた所にある割烹屋の娘だった幼馴染の雪子ちゃんと、どうしてか付き合っている設定だった。
うーん、確かに雪子ちゃん可愛い系の子ではあったけど、何で雪子ちゃんと付き合う設定になってんだろう?あと夢の中の雪子ちゃんが有村〇純っぽい美少女なんだが……いいのか?

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と頭を捻りながらもオリジナルを読んでいると、雪子ちゃんが近付いて来た。パーソナルスペースほぼ0の距離で手元を覗き込む。
「何読んでるの?」
「えっと……このマンガ雑誌」
ビッグコミックオリジナル、と言っても通じないだろうから、と、そう言い換える。
雪子ちゃんが自分に恋愛感情を抱いているかどうか、イマイチ自信がない。大方意を決しての告白を雪子ちゃんが友愛と受け取っただけで、付き合ってると思っているのもこちらだけかもしれない。
雪子ちゃんはオリジナルを読みたいとは言わない。でも私がオリジナルが好きらしいという情報はしっかりと覚えておこうとしているような、そんな様子だった。

「進路希望表、もう提出した?」
「うん、大きい本屋さんで働きたいな、って」
ここで書店員を希望する辺りが私らしいな、と客観視する大人の私の独り言をかき消すように、高校生の私は「駅前のあの書店でいつかは」なんて妄想してくる。

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「そういえば駅前の本屋さん、閉店するらしいって噂だよね」
と、雪子ちゃんが正にその進路先の話をした。
「この後どうする?」という彼女の質問にもそっちのけで、「ごめんちょっと急用が出来た」とその場を飛び出す。
制服のまま走り出し、駅前のデパートに入っている大型書店のブースを目指す。デパートだから閉店時間は大方20時か21時だろうと思いきや、まさかの19時閉店。携帯屋か。手元の腕時計は18時59分。
今正に降りようとするシャッターの奥へ、スライディングよろしく入店する。やだなあこんな客。
1階のフロアマップを見る。誰でも知っている大型書店の名前がある。かなり奥の方だ。
ブティックが並ぶブースをかき分け、ようやく辿り着いたその場所は、恐らく19時となったからだろう、防犯ネットが掛けられていた。

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高校生の私は茫然とした。ネットのせいではない。誰もが知っている大型書店のはずなのに、スーパーの書店コーナー程度にしかブースがない。更に棚のあちこちに空きがあり、一部の棚は書籍ではなく文具で埋められていたからだ。それは正しく、間もなく撤退する書店の店構えだった。
そもそもネームバリュー的に、1フロア全部書店でもおかしくないはずなのに、こんな客の動線考えても追いやられているとしか言えないようなデッドブースに。あの憧れの書店が。

高校生の私の眼から涙が落ちた。本当に高校生だったあの頃、街のどこでも本屋があって、大型書店もたくさん種類があって、ブックカバー集めだけでも楽しめる程だった。しかし夢の中の時間軸はどうやら令和らしく、電子書籍がデフォルトになり、軒並み閉店に追い込まれている。書店になりたいなど夢のまた夢。

その悲しい事実に涙が止まらない私に、「どうしたの」と雪子ちゃんが寄り添ってくれた。わざわざ追いかけて来てくれたらしい。慌てていたせいで置いていったのだろうオリジナルも、わざわざ持って来てくれていた。
何をどう説明すればこの悲しみが伝わるか分からず、ううん大丈夫と嗚咽混じりに笑う私の手を取って、ひとまずデパートを後にした。
デパートのすぐ裏には小さい立ち食い蕎麦屋があるだけで閑散としている。人目の付かない場所で、まだ泣き止まない私を雪子ちゃんが抱き締めた。

 ※

フジエさんでは、高校生最後のバレンタインにともみさんに友チョコと称してチョコを渡そうか悩むフジエさんに対して、ともみさんはちょっといいなと思っていた男子に告白されて付き合う事となった。フジエさんは八の字眉ながらも「よかったね、おめでとう!」と告げた。
「ありがとうフジエちゃん! じゃあ、彼が待っているから」
じゃあね、と照れながら小さく手を振るともみさんを、同じように手を振って見送ったフジエさんの後ろ姿のコマ。その左隣のコマでは同じ構図ながらともみさんの影も姿もなくなっている。フジエさんの手が下げられていた。その次のコマはゴミ箱に捨てられたラッピング紙とリボンだった。

そして卒業前の自由登校日が続く様子を、企業に履歴書を応募し、リクルートスーツで面接に向かい、不採用通知を受け、夜に自室で落ち込むフジエさんの姿が一切の説明や台詞なく表現されている。
泣きはらした眼で、ともみさんにこの報われない想いを卒業式がてら伝えるべきかどうか、ラブレターを書こうとするフジエさん。でも書けない。だからといってこの好きという想いにピリオドを打てる程、フジエさんは器用じゃない。
迎えた卒業式の日。見た目が何も変わらないフジエさんと、ちょっと垢抜けたともみさんが胸元に花付けて、卒業証書を持ってツーショットを撮影する。あくまでもスピンオフだからか、そこでドラマらしい展開は何もなく、そのツーショットの写真を「特別な写真」としてではなく、「数ある思い出の写真達の中の一枚」としてフジエさんの自室の机の上に飾られている。そしてどこかの事務員か何かとして頑張って働くフジエさんの後ろ姿と、桜吹雪が印象的な1ページぶち抜きコマで物語は終了した。

 ※

「ご飯食べない? 二人で」
「……うん」
「行こ」
と、雪子ちゃんから手を繋いだかと思うと、そのまま腕を組んで来た。
ひょっとしたら私が置いていったオリジナルを、雪子ちゃんは一読したのかもしれない。
そしてフジエさんと私とを重ねて見ているのかもしれない。
「フジエさんって、別のマンガの登場人物だったの?」
「うん」やはり読んだらしい。
「そっか」
「?」
「あのね、私はちゃんとコウノさんの事が好きだからね」
「へ、」
「だからこうしてデートもしたいし、コウノさんが好きな物が何か知りたいし、何に悲しんでるかも知りたいし……そういうの、ともみさんとは違うからね」
「はい…………」
雪子ちゃんは納得したように笑って、こちらの腕に頭をぐりぐりと押し付けてマーキングしてきた。突然の甘々展開に、高校生の私はキャパオーバーになって関節が曲がらなくなったかのような、ギクシャクとした動きしか出来なかった。


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