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貴方解剖純愛歌~死ね~#3【インスパイア小説】

日曜の昼過ぎ、アップルストアの前の通りは、多くの人が行き交っている。カラッと晴れた空から降り注ぐ太陽の光は、じっとしていると暑いぐらいで僕はパーカーを脱いだ。僕の視界に入る人々すべてが、順風満帆の人生を歩んでるかのように、皆キラキラして見える。それは表参道という不慣れな場所に立っているせいか。自分が今この場にいることが一番似つかわしくないのではないだろうか。もう30分以上この場にいるが全く落ち着かない。

先日彼女、山井陽葵から唐突に提案されたレンタル彼女は、こちらの了解も得ることなく、結局あの後一方的にLINEで日時を告げられ、今日この時を迎えている。

いや、あれはタチの悪い冗談ではないのか。気まぐれなモンスターが非リア充の草食動物を見つけ、ただもて遊んだだけなのでは……。約束の時間から既に小一時間経過しているのがいい証拠だ。もしかしたら、Youtuberのやる企画のように隠しカメラでドッキリを撮影されていて、今頃陰で大笑いされているのではないのか。

僕は不審者のように辺りをキョロキョロ見渡す。なんだか周りにいる人全員が仕掛人に見えてきた。うん、きっと僕は騙されもて遊ばれたんだ。よし、これ以上恥を晒さないうちに帰ろう。と地下鉄へ向かって歩き出そうとしたその時。

「怖い顔してトイレでも我慢してるの?」
振り返ると陽葵が不思議そうな顔で立っている。
「え?」
「いや、え?じゃなくて」
もう来ないと思っていた彼女がいて戸惑う。
「これ……ネタバラシ的な?」
「は?何言ってるの?」
陽葵の表情が怪訝そうな顔つきに変わる。

「いや、何でも。それより、今日待ち合わせ13時じゃ」
「ていうかデートなのにその恰好何?」
全身を上から下まで観察され、遅刻したことは完全にスルーして彼女が言った。
「え?変?」
僕も自分の服装を見直す。待ち合わせが表参道と言われ、いつもに比べればましなやつを選んだつもりだったが。

「本気で彼女作る気ある?」
誰もそんなこと言った覚えはない、と言いかけやめた。だけど会って早々ダメ出しをされたにも関わらず、デートという響きを聞いて胸が高鳴っていた。僕なんかがこんな所でデートなんて確かに場違いだ。一般的には彼女は年齢問わず、とてもモテるのだろう。その辺を歩いていたら、ひっきりなしに声を掛けらるんじゃないだろうか。

「この前も思ったけど、彼女、美青ちゃんだっけ?と付き合いたいなら、まずその外見からなんとかしなきゃ。ていうかさ、今日もだけど私その辺歩いてると、まぁまぁナンパされるんだけど。仮にもそういう女の子とデート出来るんだから、服装くらいビシッと決めてくるでしょ普通」
僕の気持ちを見透かされたのかとドキッとする。普通なら鼻に着くだろう物言いなのに、不思議とその言葉に不快な気持ちにはならなかった。

花柄のワンピースにデニムジャケットを羽織り、リボンのついた赤いスニーカーが、アクセントとなり陽葵の姿はこの街に自然と溶け込んでいた。先日はまじまじと見れなかったが、思わずひと時の間見惚れてしまった。

「ねぇ、聞いてる?」
僕の顔を覗き込む陽葵を見て我に返った僕は、急に照れ臭くなり返事なのか呻きかわからない声で、はいと答えた。
「変な人。まあいいや、じゃあ行くよ」
「えっと……どこに?」
「だから今言ったじゃん。まずは私の横を歩ける程度にオシャレしてもらわないと」

そう言って彼女は大通りを路地へ入ってスタスタ歩いて行く。僕は母親に腕を引っ張られる幼児のように、彼女の後ろに付いて行くしかなかった。
陽葵はあらかじめ決めていたかのように、迷うことなくお店に入っていく。

普段自分で服を買いに行くこともほとんどせず、行っても衣料品チェーン店くらいなものだった。こういったお洒落な店内でどうしていいかわからず、僕はマネキンのように突っ立っていた。

陽葵はこの色かわいいとか、これは攻めすぎかなどとつぶやきながら、次々と僕に服を当てがっていく。陽葵に指示された服を試着しては、ああでもない、こうでもないと言われ、また次の服を着せられてということを繰り返した。

初めは人前で普段着慣れていない恰好を披露するのが、なんとも小っ恥ずかしかったけれど、文句を言いながらも楽しそうに服を選ぶ陽葵を見てるうちに、試着するのを待つのがワクワクしてる自分がいた。生まれてこの方家族以外の女性と洋服を買いに来たことなど一度もなかった僕は、うなじをくすぐられたかのようにこそばゆい気持ちになった。

「まあ、あなたならこんなもので精一杯かな」
店を出て一仕事終えた様子で陽葵が話す。買った服をそのまま着て街に出てきた僕は、新品の服の匂いと普段と違う着心地にソワソワしていた。
「もう服もこんな買ったからこれで終わりだよね?」
「何言ってんの?次はここね」

そう言って陽葵は洒落たカフェの前で立ち止まった。 
「お腹空いたからご飯ってこと?」
「違う。こっち」
と言って二階を指差した。ガラス張りの店内には、椅子に座った女性、そしてその後ろに鋏を手にした男性が立っているのが見える。
「ここ私がいつも使ってる美容室だから」
「はぁ…お洒落ですね。もしかしてこれから髪を切るってこと?」
「美容室なんだから決まってるじゃん。そのぼさぼさのイケてない髪型もチェンジで」

颯爽と階段を上がっていく陽葵。僕はまるで彼女のプレイするゲームのアバターみたいだ。髪の毛の後は、顔のパーツまで弄られるのではないだろうか。まあ、もうどうにでもなれだ。

店内はコンクリート打ちっぱなしの壁で、天井にはシーリングファンが回っている。普段自宅最寄り駅の千円カットでしか、髪をカットしたことがなかったので、またも洒落た店の雰囲気に呑まれてしまい、席で固まっていた。彼女は店の奥の方へ行き、担当してくれている美容師さんなのか、仲良さげに話してる姿が見えた。しばらくすると陽葵がこちらに来て言った。

「じゃ、中島さんにお任せしてあるから後よろしく。私自分の買い物してるから」
と言って陽葵はさっさと店の外へ出て行ってしまった。
「え?ちょ、ちょっと」
陽葵と入れ違いにキャップを被った金髪の男性が近くに来て鏡越しに挨拶をする。
「担当させてもらう中島です。陽葵ちゃんから話は伺いました。よろしくお願いしますね」
そういうとおもむろに霧吹きで僕の髪を濡らしていく。
「あ……はい。よろしくお願いします」
蚊の鳴くような声で返事をする僕。

「男性は化粧とかあまりしない分、髪型は大事ですからね。なんとかその好きな子に刺さるようなヘアスタイルにしてみせますので、任せてください」
好きな子という言葉が恥ずかしすぎて、鏡に映る自分の顔を見ないよう下を向いた。周りのお客さんやスタッフさんには聞かれていないだろうか。

「全然恥ずかしがることなんてないですよ。大学生の恋愛なんて羨ましいです。私大学出てないんでキャンパスライフって響き憧れますもの。サークルとか、学祭とか青春って感じですよね」
顎髭を生やした中島さんは、人の好さそうな目尻の下がった笑顔で言った。

「いや、まあ。羨ましがられるようなことなんて全然ないです」
サークルに所属もしてなければ、学祭にも積極的に参加したことがない自分には、憧れられる大学生活とは全く無縁だった。耳の裏で髪を切る鋏のシャキシャキという音が、子気味よく聞こえる。

「でもそのお客さんの狙ってる子、相当可愛いんですか?」
もみあげを切っていた中島さんが、僕の横から問いかける。質問を聞いて、森川さんの顔が咄嗟に浮かび、体温が上昇する。
「えっと……どうですかね」
「だって陽葵ちゃん大学でも相当可愛いほうでしょ?その子を差し置いてなわけですものね」
「彼女とは最近知り合ったばかりなので。よくわからないっていうか」

「じゃあどっちかといえば陽葵ちゃんが、お客さんにアプローチしてきてる感じですか?」
「いや全然。彼女とはギブアンドテイク、というかちょっとした契約関係みたいな」
レンタル彼女中なんですとは言えなかった。これが正しい使い方とも思えないが。僕の言葉に少し思案する表情になり、中島さんの鋏を持っていた手が止まった。
「もしかしてお客さんもレンタル彼女使ってるんですか?」



「うん、だいぶまともになったじゃん」
店に戻ってきた陽葵は僕を見るなりそう言った。
「姫にお褒め頂き光栄でございます」
中島さんが冗談めかして返す。
「もうやめてよ、中島さん」
陽葵と中島さんのやり取りを傍で聞きながらも、僕はいつもと違う髪型に妙に体がソワソワしていた。

「髪切りながら何話してたの?」
店を出て大通りを歩きながら陽葵が尋ねる。
「特に当たり障りないこと。大学のこととか」
「美青ちゃんのこと聞かれたでしょ?私が教えておいた」
僕の様子を窺うように陽葵が聞く。
「余計なこと言わないでよ」
「恥ずかしがる必要なんてないでしょ。男は恋が始まる時に、女は終わった後で髪を切る生き物なんだから。別に珍しくもないよ」
「いや、そういう問題じゃなくて」
言いながら僕は先程の会話を思い出していた。


『え、お客さんもレンタル彼女使ってるんですか?』
『え?”も”って中島さんもそういう感じなんですか?』
『いえ、僕は使ってないですよ。前に陽葵ちゃんからちらっと聞いてたんで』
『彼女はどうしてそういう仕事してるんですか?』
『僕も詳しいことはわからないです。言葉自体も聞いたことはあったけど、具体的な内容とか知ってるわけじゃないので。話聞いたときは、今の若い子はカジュアルにそういうこと出来るのかな、ぐらいに思ってました。でも、何気なく何でその仕事を選んだのか、カットしてる時に陽葵ちゃんに聞いたんです。そしたら、――私はそうしないと人と関われない――と言ってて。でもその後すぐ、――嘘。単にお金稼げるから――と言ってましたけど。今どきの子ってのはそういうものなんですかね』

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