貴方解剖純愛歌~死ね~#11【インスパイア小説】
「おい竜馬、スマホの光じゃよく見えないから、こっちに懐中電灯向けてくれよ」
目の前の暗がりから新の声が聞こえる。
「新お前さっきのことまだ怒ってるの?」
竜馬がこちらを向いたのか、目の中に急にピカっと懐中電灯の光が射し込み、眩しくて思わず目を瞑った。
「別に俺だけ話聞いてもらえなかったからって、怒ってなんかないよ。そんなことより、ほんとに肝試しなんかやるのかよ。コテージに戻ってゲームでもしようぜ」
「いいや、お前がほんとにビビりじゃないか、ちゃんと確かめないとな」
きっかけは行きの車中でのことだった。春香ちゃんが最近ハマってるユーチューバーの話をしだし、その中でも好きな企画が有名心霊スポットに行ってみるというものだった。映画の舞台にもなったような場所にも行っているらしく、僕たちはそれぞれ行ったことがある心霊スポットの話題でひとしきり盛り上がっていた。
すると、『そういう企画は子供が真似して危ないし、地元の人にも迷惑がかかる行為だから俺はどうかと思う』
と新が批判した。それに対して、竜馬が『ホントは怪談系が怖いだけだろ』とけしかけ、新はそれを否定したという件があったのだ。
先ほど酒を取りに行って戻ってきた竜馬がそのことを思い出し、今から肝試しをやろうと言い出した。えー今から?とか、バカバカしいねと言いながらも、みんなどこかワクワクしてる空気間が漂っていた。ただ一人の男を除いては。
キャンプ場から離れ、川の側の舗装路を上流へ10分ほど歩いていくと、段々と道は狭まり登山道のような雰囲気に変わった。辺りに街灯や家の灯は無くなり、懐中電灯とスマホのわずかな明かりだけが頼りになった。
心なしか空気も先程より、ひんやりと冷たくなった気がする。雰囲気に飲まれるように、段々とみんなの口数も減っていった。すると前を歩く竜馬が突然立ち止まり、懐中電灯で前方を照らしながら切り出した。
「さっきスマホで調べたんだけど、このまま山道をしばらく歩いて行くと、この辺の地名にもなってる有名な岩があるらしい。で、今から男女ペアになってその岩でツーショット自撮りをして戻ってくるっていうのをやりまーす」
飄々と話していたテンションから一気に声のトーンを下げて竜馬が続ける。
「んでね、調べた中にあったんだけど、実はこの辺り戦国時代には合戦もあった場所らしくて、何百、何千って人がこの地で命を落としてるんだってよ。そのせいかは不明だけど、過去にはここで行方不明になった人も何人か出てるらしいよ」
ベタに顔を懐中電灯で下から照らし、おどろおどろしい表情を作る竜馬。周りを窺うと、たぶん作り話だろうな、と半ば呆れた表情をみんな浮かべている。隣で青ざめた顔で小刻みに身震いしている新以外は。
男女別れてじゃんけんでペアを決めた結果、竜馬と森川さん、新と春香ちゃん、そして僕と陽葵という組み合わせになった。
最初は竜馬と森川さんペアが行くことに。言い出しっぺの竜馬は余裕綽々といった様子で歩き出し、森川さんもじゃあ行ってくるねと言って、特段怖がる様子もなく竜馬の後をついて行った。しばらく二人の歩いて行く様子を眺めていると、ほどなく懐中電灯の明かりが一切見えなくなった。
残された僕らの持つスマホのライトだけでは、手元がうっすら明るい程度で周りは暗闇に包まれていた。マジ暗えー、とかみんな近くいるよな?とか喚いている新の声を無視して僕は空を見上げた。
焚火を囲んでいる時はそこまで見えなかったが、真夏の夜空には無数の星が散りばめられていた。都心から数時間離れただけの同じ空なのに、普段見てるものとこんなにも違う景色として見えるのがなんだか不思議だった。まるで僕ら六人だけ異世界に迷い込んできたようにも思える。
そんなことを考えていると、怖くもないのに身震いがした。そんな僕を見てか陽葵が声をかけてきた。
「あれ、もしかして蒼も怖いの?」
「いや全然。ちょっと体が冷えてきて寒かっただけ」
すかさず新が詰め寄る。
「無理すんなって蒼。今からでも竜馬にやめようって二人で言おうぜ」
「ここまで来たらやるしかないでしょ。せっかくの雰囲気だから、待ってる間に怪談話でもしようか」
と言ってすかさず一人は耳を塞いだが、四人で各々の一番怖い話をして盛り上がっていると、再び暗がりから懐中電灯の明かりが見えて来た。
「お待たせ。夜のお散歩満喫してきたわ」
何食わぬ顔で戻ってきた竜馬。そして森川さんも少し息を切らしながら、笑顔を見せて楽しかった様子だ。
次は新と春香ちゃんが懐中電灯を手渡されて山道を歩いて行った。明らかに新は気乗りしてなかったが、春香ちゃんが引っ張っていく形で暗闇へと姿を消した。しばらくして戻ってきた二人だが、新は半べそで叫びすぎたのか喉が枯れ、おじいちゃんのようなしわがれた声になっていた。そして、ずっと寄りかかられて鬱陶しかったと愚痴をこぼす春香ちゃんに謝り倒す新を見てみんな笑った。
最後は僕と陽葵の番。僕が懐中電灯を持ち、パーカーのポッケに手を入れた陽葵が、横に寄り添って歩いている。
「私でごめんね」
みんなの気配が消えた頃、唐突に陽葵が言った。
「何が?」
「本当は美青とペアになりたかったでしょ?」
「誰でもよかったよそんなの」
と言いながら、実は森川さんと二人で歩いてることを待ってる間に想像してた、とは言えなかった。
「でも珍しいね、そんなこと気使ってくれるなんて。案外陽葵もビビってたりして」
「はあ?ビビッてるわけないじゃん」
と言ったと思ったら、肩をバチンと殴られた。
「痛いって。暗闇でパンチは不意打ちすぎるからやめろって。でも待ってた時と違って、少し静かかなーと思ったんだけど」
「そりゃ、蒼と二人じゃテンションは上がらないかな。傷ついた?」
「いいや。あなたにはもっとひどいこと散々言われてるので。お陰様でこれくらいのことでは屁でもないくらい耐性がつきました。それに俺も別に陽葵とではドキドキもしないからね」
「ふーん、蒼の分際で強がり言うね。私と並んで歩く男はみんな大喜びするんだけどね」
「またそういうことを自信満々に自分で言う。もう少し謙虚さを持てば、もっとモテると思うよ」
「これ以上モテたら体一つじゃ足りないもん」
「はいはい、それは大変なお悩みで」
暗くて陽葵の表情はよく見えずとも、どんな顔をして話ているかは想像がついた。懐中電灯の一筋の光を頼りに、闇に支配された静寂な森の中を歩いていると、段々五感が研ぎ澄まされていく感じがする。隣にいる陽葵の息遣いも温度を伴って感じられる気がした。
「ところでさっきの何でメキシコだったの?」
しばらく無言で歩いていたが、先ほど気になっていたことを思い出し陽葵に尋ねた。
「言ったら笑われそうだから言わない」
「笑わないから教えてよ」
「……わかった。でも笑ったら殺す」
「また乱暴な言葉使って。決して笑わないのでお教えくださいませ」
陽葵に向かって首を垂れるポーズをとる。
「別に大した理由じゃないよ。メキシコで年に一回死者の日っていう祝祭があるんだけどね」
「うん」
「毎年死者の日は、家族や友人達が集って、故人へ思いを馳せて語り合うの。みんなで仮装をしてパレードしたり、墓地も派手に装飾したり。街は花でいっぱいになって、露店も出てたりするみたい」
「テレビで映像見たことあるかも」
「日本で言うとこのお盆と比較されることが多いんだけど、死者の日がお盆と違うのは、楽しく明るく祝いながら、死者を弔い思い出す祭事なの。だから派手なデコレーションや仮装をして、亡くなった人と共に明るく楽しく過ごしたいっていう思いなんだって。祭りを終えると共に死者たちが満足して死者の国へと行けるように祈るの。死んでも好きな人たちと笑って過ごせる日があるって、なんかいいなと思って。だからね、死ぬまでに一度、この目で見てその雰囲気を肌で感じてみたいなって……。まあ要はただお祭り見てみたいってだけ。みんなと違って私は外国のお祭りに行きたいくらいの願望しかないの。くだらないでしょ?」
「そんなこと思ってないよ。今の話聞いて俺も見てみたいなって思ったもん」
本心だった。熱の入った陽葵の話を聞いているうちに、その場にいる自分を想像していた。
「あれれ、それって一緒に見に行きたいって遠回しに誘ってる?」
「違うわ。行くならどうぞご自由に」
「なんだ、つれないなあ。お金出してくれるなら一緒に行ってあげてもよかったのに」
「俺はただのATM扱いか」
隣で笑う陽葵と歩きながら、僕はなんだか初めて彼女の内にある想いを少し聞いた気がした。そのことがなんだか妙に嬉しかった。
すっかり肝試し的な雰囲気にも慣れた頃、僕らは目印の大きな岩の前に着いた。
「ここが目的のポイントだね。特に驚くこともなかったし写真だけさっさと撮って戻ろっか」
と言って岩を背景に陽葵と並んで自撮りのシャッターを押そうとした瞬間、突然岩の茂みからガサガサっと音がした。キャッという声と共に陽葵がこちらに寄り掛かり、僕の腕を強く掴んだ。
同時に驚いた僕は思わず懐中電灯を下に落としてしまった。ガチャンと音が鳴り、光が消えた。僕はもう片方の手に持っていたスマホのライトを地面に向け、落とした懐中電灯を拾い上げた。スイッチのオンオフを繰り返す押すが、故障してしまったようでうんともすんとも言わなくなってしまった。
「やべ、電源つかなくなっちゃったね。今の野生の動物かな。危ないから早めにみんなのところ戻ろうか」
そう言ってスマホのライトを元来た道へ照らし歩き出そうとすると、陽葵が僕のTシャツの袖を引っ張った。
「ねえ、足挫いちゃったっぽい」
珍しく陽葵が弱弱しい声で言った。
「大丈夫?ちょっと見せて」
ライトを陽葵の右足首に当ててみる。そこまで腫れてる様子はなさそうだ。
「軽く捻っちゃっただけだから、ゆっくりなら歩けると思う。痛っ」
一歩歩いただけで痛そうにする陽葵。
「無理しないほうがいいよ」
僕はスマホを陽葵に渡すと、後ろ向きにかがんだ。
「……え、もしかしておぶってくれようとしてる?」
「うん」
「いいよ、恥ずかしい」
「真っ暗だし誰も見てないよ。いいから」
少し間が空いたあと、しぶしぶ陽葵は僕の背におぶさった。
「……ねえ、私重くない?」
「全然重くないよ」
陽葵の声が耳元から囁かれドキッとする。
「汗たくさんかいたから臭い?」
「全然」
それから二人とも黙ったまま、元来た道を引き返した。ぼんやりとしたスマホの薄明かりは懐中電灯の光に比べると心許なく、数歩先の地面も朧気に見える。静寂の中に蠢く自然の気配や、葉を踏む些細な音が鮮明に聞こえた。
陽葵の息遣いもより鮮明に聞こえる。それもそのはずだ。背中におぶった陽葵の顔は僕の顔のすぐ傍にある。陽葵は今どんな表情を浮かべているのだろうか。僕は横を向くことも出来ず、ただただ弱弱しく足元を照らす光を追いかけた。背中から伝わる陽葵の体温を感じながら。