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貴方解剖純愛歌~死ね~#5【インスパイア小説】

三限を終え、次の講義までの時間が空いた僕と竜馬は、学食で遅めの昼食を取っていた。この時間は学生もまばらで席にも余裕がある。
「あの新宿で見た子うちの学生だったんだ」
竜馬が生姜焼きを箸でつまみ上げながら言う。
「そう。からのまさかの強制レンカノに駆り出されて。もう訳わかんないって」
僕は納豆をかき混ぜながら返す。

「でも可愛かったんだろ?新からもLINE来たぞ」
見せられたスマホの画面には、気色の悪いスタンプと共に新の興奮が秒で伝わってきたので、すぐさま横に押しのけた。

「顔は可愛いかもしれないけど、人の恋愛にずかずか土足で上がりこんできて、練習相手になってあげるって。しかも金まで取るってどういうことよ?こっちはいい迷惑だよほんと」
「へぇ、怒り心頭なんですね、蒼くんは」
なぜかにやついた顔で僕を見る竜馬。

「何だよ?」
「いや文句言ってる割に、表情はまんざらでもなさそうだなーと思って」
「は?そんなわけないでしょ。だって出会って間もないのに態度でかいし、言動も下品だし。その上、自分は恋愛偏差値高いのか知らないけどさ、服がダサいだのウジウジしてるだの言いたい放題だよ?私には窮屈だから特定の彼氏は作らない、みたいなこと言ってたけどそれってただのビッチ宣言してるだけ……」
竜馬の視線が僕から外れ、後方に逸れていく。と共に表情が硬くなっていくのが見て分かった。まさかと思ったときには既に遅かった。

「ビッチって私のこと?」
突然後ろから聞き覚えのある声が聞こえ、思わず背筋が凍る。茶碗と箸を持ったまま恐る恐る後ろを振り返る。案の定そこには陽葵が立っていて、上から僕を見下ろしていた。

「……あー、この前は、どうも、お世話になりました」
最後の方は独り言ぐらいのか細い声になっていた。ばつが悪そうにしてる僕を見て、向かいの席で竜馬が噴出しそうになるのを必死に堪えている姿が目の端に映る。

「何そんなかしこまってんの?それで、私のこと話してたよね?」
上から僕を覗き込むようにじっと見つめる陽葵。
「そんなことないですよ。なあ?」
「いや、俺に振るなよ」
僕のSOSにも一切助け舟を出そうとしない竜馬。すると、陽葵の後ろに立っていた女性が、興味ありげにこちらを見ているのに気が付き目が合った。

「ねえ、この人が例の人?」
ゆるいパーマがかった綺麗な茶髪が肩にかかり、白いブラウスにフレアスカートとヒールを合わせた、にいかにも大学ライフを謳歌してそうな、その女性が陽葵に聞いた。

「そうそう。草食の蒼くん」
その一言で自分のことが、どんな風に伝わってるのか容易に想像できた。
「どうも初めまして。陽葵の親友の瀬戸春香です。私も同じ学部だからよろしく」
淀みなく出てくるセリフと見た目から、大学入学して早々、サークルの勧誘で声をかけられた頃の記憶がふと蘇った。

「どうも、草野蒼です」
「なるほど、草野だけに草食かぁ。おもしろいね」
いや全く面白くない、と、心の中でつぶやく。この瞬間、既に僕らのヒエラルキーが出来上がってしまったのでは、という不安が襲う。

「ていうかちょっと、何で髪もボサボサだし、服装も元に戻ってるの?」
陽葵が僕に問いかける。
「いや……なんだかいつもと違うと落ち着かなくて。それに急に周りに変わったなって思われるのも恥ずかしいし……」
それを聞いた陽葵は溜息をつく。

「あのね、誰もあなたのことなんて見てないから。それに、そんなんじゃいつまで経っても寝取れないよ、美青ちゃん」
「だから寝取るとか考えてないって」
寝取るという言葉を吐いてしまい、思わず周りを窺う。そんな僕の様子を気にすることなく陽葵が続ける。

「またまた、夜な夜な彼女をおかずにしちゃってるくせに」
「やめろって、するわけないだろ。てかここ食堂だから、そういうこと言うのやめてもらえる?」
「食堂なんだからおかずの話して何がいけないの?」
うまいこと言ってやった、と言わんばかりのしたり顔の陽葵。本当にデリカシーのかけらもないのかこの女は。

「おーい、卑猥なトークで盛り上がってるとこ申し訳ないんだが。お二人だけじゃなく俺たちも仲間に入れてもらえるかい?そもそも蒼くん、俺まだ名前さえ言わせてもらえてないのだが……」
間に入る竜馬を見て、すっかり存在を忘れていたことに気づく。

「あー、こいつも同じ学部の竜馬」
「どうも才木竜馬っす。新の言ってた通りほんと美人じゃん。今まで気づかなかったのが不思議なくらいだわ。ここで会えたのも何かの縁だし、よかったらこれから仲良くしてね」
女慣れしてるというか、流石というか、よくそんな気恥ずかしいことを面と向かって言えるなと感心する。

「蒼には似合わず、チャラそうなお友達だね」
ごもっともな指摘をする陽葵。
「そう。よくチャラいと言われるますが、意外と硬派な一面もあるので以後お見知りおきを」
自分で言うかい。でも確かに出会ってから竜馬が女性に困ってるのを見たことがない。

「てか蒼、今日新が早番だから、そのまま夜【Buzz】で、文化人類学のレポート対策兼ねて飯食おうってなってるけど来るよな?」
「俺今日はちょっと用事が……」
「森川も誘っといたぞ」
そこだけ僕に近づき耳元で竜馬がささやく。その名前を聞いただけで心臓のBPMが跳ね上がる。
「え?なんで?」
僕も小声で竜馬に返す。

「なに男二人でコソコソと。どうしたの?」
ゴシップの匂を嗅ぎつけたのか、興味深げに春香ちゃんが竜馬に詰め寄る。
「あ、よかったら春香ちゃんと陽葵ちゃんも一緒にどう?みんなでやったほうが捗るっしょ?なあ蒼?」
今森川さんのことを聞いて既にパンク寸前なのに、陽葵たちまで来るとなったら、一体どうなってしまうのだろう。

「いや、急にそれは彼女たちも予定があるんじゃ……」
「いいよ!必修であの講義厳しいって専らの噂だし。ね、陽葵?」
春香ちゃんがノリノリの様子で答える。
「え?別に私はいいかな」
「えーなんで?ちょっと面白そうじゃん。それに今日バイトも休みで暇って言ってたでしょ?」
「うーん……」
よし、陽葵が渋ってくれてるので今がチャンスだ。と思ったところ竜馬が間に入る。

「今日は蒼の奢りだから来なよ」
「ちょっと、勝手に決めんなよ。そもそも俺も行くって言ってないだろ」
「蒼が奢ってくれるなら参加しようかな」
僕の発言をスルーして陽葵が意見を覆した。まじか。試験勉強すると思ったら森川さんが来ることになって、なぜか陽葵と友達の春香ちゃんも参加になり、終いには僕の奢りって。展開についていけない……。

「じゃあ19時に店集合で」
僕のことなどお構いなしで竜馬が話をまとめようとする。
「ちょっと待ってよ」
「何?嫌なの?」
僕の言葉を掻き消すかのように、陽葵が真正面から僕を見据える。吐き出そうとした言葉をそのまま飲みこみ、そっと溜息を吐く。掌を胸の前に持ってきて軽く頭を下げたまま言った。
「お姫様の仰せのままに」

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