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はじめての文章講座は体育会系だった

初回の講座が終わった。
学びと笑いでパンクしそう。あたらしい世界に一歩踏み入れ明るい先が見えたのに、帰り際に提出した宿題のエッセイ(体験談)のことで落ち着かない。

読み返すと誤字脱字が浮かび上がってくる。あぁ見直したのにな。それだけではない、今日教わったNGをたくさんやらかしている。けど、もう自分の手から離れたものはどうにもならないから明らめるしかないと途中で読むのをやめた。窓からの景色を眺めても、映るのは自分の顔だった。

次の日は合氣道のお稽古に行くことにした。昨日の復習もしたかったけど気が乗らなかったから。
お稽古は「何か質問のある方いますか?」ではじまる。手を挙げる顔ぶれは固定する。やりたい技のリクエストも受け付けてくれるけど、その時間はずっと前に出ることになる。みっともない姿をさらけ出すわけにはいかない私はいつも目が合わないようスンと座っている。

気がついたら手を挙げ、話しはじめていた。
「体操でもいいですか?最後体操の足がよくわからないままなんです。」
「では、みのわさんどうぞ。」
腰は軽かった。窓から日差しが入り込んでいて、畳はぬるかった。
先生の見本をマネしてやってみる。
「手とからだがバラバラですね。」
何度かやってみるけれど、ふらついてしまう。
「それだと前にからだが動いているので、その場で真下です。」
まだふらつく。足首の黒いサポーターが見える。
「みのわさん、目線が落ちてます。」
目線を上げると、帽子を被った子どもたちを5−6人乗せたカートが通っていった。押されてもふらつかないし、足を持ち上げても持ち上がらない。「ほおぉ」と口から出た。

自分の席に戻ったら足の甲がひんやりした。

帰り、文章講座の推薦図書を開いた。冒頭に「せっかく書いた文章をダメだとけなされても、自分の人格まで傷つけられたわけではないのですから、落ち込まないように。(中略)しかし、文章がうまくできてほめられたときは、自分の全人格がほめられたと思って、喜んでください。」とあった。

これからの私が人生において欲しいのはこの前半のところ。

※文章講座の先生の推薦図書『名文を書かない文章講座』村田喜代子著

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