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パリ 25ans 14 juillet
14 juillet, 0 am, 17e arrondissment,
私とマキさんは韓国料理のお礼を言って、 YuanとAmedが私たちをバス停まで送ってくれた。
Amed はBillancourtの映画会社で働いているそうで、私が住んでいるPont de Sevreのひとつ手前の駅だった。地下鉄9番線の最終駅Pont de Sevreあたりは、パリ市内ではなくBoulgne Billencourtという郊外になるので、パリの人もあまり知らなかったりするのに、近所の話ができて嬉しかった。バス停の手前で、Amedから名刺をもらい、今度ランチでもしようという話になった。
バス停で待っていると、Yuanが「リコたちは明日のパレード見に行くの?」と聞いた。14日革命記念日は日中シャンゼリゼで軍事パレードがあり、夜はエッフェル塔で花火が上がる。「まだ決めてないけど、たぶんいくと思う。」「じゃあ、一緒に見ようよ。連絡ちょうだい。」バスが来て、マキさんと私といっしょにYuanも乗って来た。ポケットから小さな紙を出して、ペンを探していると、運転手さんが乗降口で待っているAmedに「乗るのか?」と聞いた。Yuanはマジックで携帯番号を書き、私に手渡した。「必ず連絡して!」迷惑そうな運転手は、勢いよく扉を閉めバスを発車させ、私たちはバス停から手を振る二人を、ちょっと恥ずかしい気持ちで見送った。
マキさんにYuanの提案を伝えると、明日は日本から来るご主人と合流しパレードを見る予定をしているとのことだった。私は去年シャンゼリゼに行ったけれど、ものすごい人と戦車や戦闘機や軍の行進にものすごく疲れたことを思い出し、どうしようか迷っていた。
乗ったバスはオペラ座を通り過ぎ、私たちはパレロワイヤルの近くで降りて地下鉄に乗ることにした。私は1号線でマキさんは7号線に乗るため通りで別れた。終電近くの時間だが、さすがに今日は人もたくさんいて、夜の地下鉄もさほど怖くはなかった。1号線からFranklin D. Roosevert駅で9号線に乗り換えて、終点のPont de Sevreについたのは、もう夜中の2時近くだった。
明日はどうしよう。
このままオールで遊び、明日パレードに行くって、真似できないかも・・・ 知らない場所で知らない人に囲まれていた緊張感がとけて、ベッドにもぐりこむとすぐに深い睡魔に襲われた。