パリ 25ans Cinema en plein air

21 Juillet,  3pm Eglise St-Eustache

レアールは数百年前から、パリの胃袋と呼ばれる中央市場があった場所だ。今は、メトロとRERのターミナル駅と地下ショッピングモールと公園になっていて、公園のそばには、 ノートルダム寺院にも似た壮麗なSt-Eustache教会が聳え立っている。楕円形の劇場のような広場にある不思議な顔のオブジェのところで、Yuanと待ち合わせたけど、やはり30分以上遅刻してきた。「ごめん、ってば」私はちゃんと時間通りに来てくれないのは大事にされていない気がするとむくれていた。「今日は天気もいいし、ピクニックしようと思って、いろいろ買ってたら遅くなっちゃったんだ」彼はいつもどう楽しもうかばかり考えていて、それで遅刻もするし、私にはいきあたりばったりに感じる。

教会の前の公園は太陽の下で日焼けをしたり、輪になって話し込んだり、思い思いに寛いでいる人たちでいっぱいだった。木陰の空いているところに、彼はかばんから大きな敷物を出してひいた。その上に、惣菜やお菓子と一緒にシャンパンとグラスを二つ置いた。「このかばんはドラえもんのポケットみたいね。何でも出てくる」私がそういうと、うれしそうににやっと笑った。乾杯をして、昼を食べる時間がなかったからお腹がすいたと彼は惣菜を食べた。食べ終わるとあくびをして、膝枕をしてほしいといって横になるとうとうとした。「忙しいの?」「まあ、ね」「あともう一件、仕事で人と会わなきゃいけなくて」「今日はもう帰る?」「近くだし1時間くらいで終わるから、ここで待っててくれる?」吹き抜ける風は気持ちよく、ちょっと飲んだシャンパンで私も眠くなっていた。「いいよ、待ってる」

彼が行ってしまうと、木にもたれて座り、日本に帰国した友人へ手紙を書いた。芝生にはずっと手を握り合って話している老夫婦や、水着で寝そべっている恋人同士、ボール遊びをする子供たちの笑い声がしていた。この数週間のことを手紙に書こうとするけど、うまく言葉が見つからず、何度も書き直しているうちに、少しずつ日は傾いてきていた。2時間近くたったころ Yuanは戻ってきた。

「あっちのほうに移ろう」彼は敷物を広場の円形に近いところに移した。「日が暮れてきたらあのスクリーンで映画が始まるんだ」「教会のところの?」「そう。リコは僕がいない間何してたの?」「友達に手紙を書いてた」「え、手紙?見せてよ」「いやよ。それに日本語だし」「訳してよ」「Non」夕暮れで雲が赤紫色に染まっていた。風がつめたくなり、くしゃみをした。Yuanは親鳥が雛を守るみたいに、すっぽりと私を包んだ。そこは温かくほっとできる場所になっていた。「Ici est comfortable.」「何Quoi?」「なんでもないRien」公園にはどんどん人が増えてきて、暗くなるころ大きなスクリーンで白黒映画の「ノートルダムのせむし男」がはじまった。ディズニーアニメと違い、ユーゴーの原作に近い内容で、カジモドがよじ登る大聖堂や魔女裁判のシーンは、St-Eustachu教会のゴシック建築越しにみると時代がタイムスリップしたみたいで、Yuanにしがみつくように見ていた。「怖い?」うなずくと、大丈夫といってギュッと抱きしめた。

映画が終わると、ライトアップされた教会の美しいファサードをしばらく眺めた。街灯の光りもやさしく、隣のアフリカ系の女性とフランス人のカップルは長い長いキスをしていた。今、私たちは身分や宗教であんなふうな排除や弾圧はされない。それでも、見えないなにかに縛られ、心の奥底に潜む闇を感じ、不安や息苦しさを感じることがある。

「おなか空いたね。ご飯食べに行こうか」私たちは手をつなぎ、夜の街を歩く。大通りにでた時、Yuanは声をかけられた。白いジャケットを着た年配の男性だった。知り合いのようで、私の手を離し、その男性と握手をして親しげに話した。そして、こちらを振り返り「彼女はリコで、日本から来たんだ」と紹介した。じゃあまた、誰々によろしく。そういって別れた。「ああ、びっくりした。彼はおじさんなんだ。こんなところで会うと思わなかった」ほんとうに驚いたようで、ちょっと動揺すらしているみたいだった。そこからは、手もつながず歩いた。

近くのイタリア料理屋でピザを食べ終わるころには、少し距離が戻ってきた。デザートにイルフロッタントをひとつたのみ、二人で両側から、陣取りゲームをするみたいにちょっとずつ崩しあった。最後の一口をすくい、食べさせてあげたら、突然テーブル越しにキスをした。それは、長くて甘いキスだった。


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