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蜂蜜パイ

「神の子どもたちはみな踊る」村上春樹著より

大学時代の同級生だった、高槻(カン)と小夜子と淳平。
淳平は、一人で本を読むことが好きで、それほど多くの人と打ち解けないが、
行動的で社交的なカンに誘われ、3人はとても親密な友人となる。
淳平は物静かで芯が強く、小説の趣味が合う小夜子に惹かれる。
しかし、必然ともいえる流れでカンが小夜子と付き合うようになり、結婚する。
淳平は親の反対を押し切り、小説家となり、短編小説を書きつづける。

10年後、カンと小夜子は沙羅という娘をもうける。しかし、二人の関係は破綻しており離婚。
淳平は小夜子との結婚を意識するが、なかなか踏み出せない。
5歳になった沙羅は、神戸の震災のニュースを見てから落ち着かなくなる。
淳平は「地震男」におびえる彼女に「くまのまさきち」の話をしてやる。
しゃべれてお金の計算ができて、はちみつを売るくまのおはなし。
彼はふつうのくまとちょっと違うから、他のくまに「なんだあいつ」とけむったがられ、
人間からはいくらしゃべれるとはいえ「しょせんくま」と思われている。
沙羅はそんなとんきちに、はちみつを売るより蜂蜜パイを売ったほうがみんなが喜ぶのに、と提案する。
彼女に話すうち、友達がいなかったまさきちにもとんきちという友達ができる。二人は鮭と蜂蜜を交換する。
けれどある日川から鮭がいなくなってしまう。
なかなかハッピーエンドを見つけられない。

動物園にくまを見に行った帰り、淳平は小夜子の家で結ばれそうになる、
その時、眠ったはずの沙羅が彼らの部屋にくる。
「地震男がきて、箱をあけて待っているから、お母さんに言ってきなさいって」
淳平は夜があけたら小夜子に結婚を申し込む決心をする。

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20代の前半、くまのまさきちみたいだった。
誰にも理解されてないと感じ、どこにも属さない感じがしていた。
友達がいても、自分は自分他人は他人、貸し借りはなし、という関係しか思いつかなかった。
地震が来てもサリンがまかれても、そんなもんだと思っていた。

でもアメリカのテロがあった日、私はパリにいた。
ただならぬ感じがして、慌てて友達に電話をした。
メールもたくさん打った。
おそらくこのとき、「地震男」が蓋をあけて待っているのを感じたように思う。
本当に大切なものに大切だといわなくて、どうする?
この世界は一瞬にして何もかもを消し去る凶暴な力を宿していて、それはいつ自分に降りかかるか分からないのに。

あの時、好きだと思っていた人の家にて、ソファに座って一人テレビを見ていた。ニュースなのに、まるでB級の映画みたいに、飛行機が不自然なくらいまっすぐビルに突っ込み煙が上がっていた。誰も帰ってこない夜。遠くにいる彼に電話をしたけど繋がらず、近くの友人にかけたら、普通に出てくれて、何気ない話をした。次の日会う約束をしたら、少し気が落ち着いて、ニューヨークにいるはずの友人にメールをした。あの時、私は何を確認したかったのだろう?
結局私は、その彼ともその友人とももう会うことはなくなってしまった。

今もまだいろいろ試行錯誤だけど、
蜂蜜パイのようにきっとそれは本当に大切なものを知るために必要な事だったように思う。

カテゴリ>芸術と人文>文学>小説(2005年レビューより)

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