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監察医朝顔 2022スペシャルを2年振りに見て

2週間前、大学のある授業でモヤモヤが募り、そこから人に合わせるの疲れた。人間関係こうして一生モヤモヤ続くのか。これがまだ先の人生でもずっと続くのか…無理だ…。と病み期に突入。

モヤモヤがなんとなくずっと続いていたのですが、昨日、彼氏ドライブで箱根に連れて行ってもらい温泉旅行をしてリフレッシュでき、久々に気分がスッキリとした状態で朝を迎えることができました。
何きっかけかは分かりませんが、突然このドラマのことを思い出し2年ぶりに「監察医 朝顔」を見てみました。

ドラマを観た2年前当時も、認知症の方を介護する施設で働いていましたが、その時以上に万木家に 朝顔の父である万木 平に共感?を覚えたように思います。

2年前、ドラマを見ていた母が「認知症患者のこの無表情さというか、時任三郎さんの演技すごいね」と話していました。

当時も認知症の方の介護はしていたし、身内にも認知症の人はいたので認知症の方と接する機会が多かったのですが、母親の言う言葉の意味が理解できませんでした。
しかし、認知症の方が暮らす介護施設で働き始めて4年、様々な認知症患者さんを見たからか、母の言葉の意味を少しずつ理解出来るようになりました。

「表情がない」

時任三郎さんの演じる認知症患者が、私の施設にいる男性利用者さんとそっくりだったのです。
その男性利用者さんは、私が手を振るとニコニコと笑い、手を振り返してくれます。
そんなニコニコする姿をよく見ていたので、感情があまりないというのは感じたことがなかったのですが、笑っていない時の顔も笑っている時の顔も、時任三郎さんが演じていた万木 平にそっくりだったんです。

その光景を思い出して、彼らは彼らなりに闘っているということを改めて再認識させられました。

人に寄り添う仕事で、正解の介護なんてないこの世界。

介護施設でのアルバイトをしながら、がんサバイバーという私の強みを活かして働く仕事がしたい。という私の答えにこの仕事はあっているのか、本当に彼らを救えるのか。

答えの見えない業界で、今就活真っ只中という事もあり、まだ焦る必要なんてないのに、その"正解"を探すために何だか私必死になりすぎていたなと。

監察医朝顔を見ながら、そんな感想を抱きました。

私では最良の答えを導き出せたと思っても、その答えを違うという人がいる。

世の中には "普通" という言葉があるけど、その普通基準にしてないと、わがままって言われてしまう。非常識って言われてしまう。

じゃあ、普通を演じるために必要な答えは何か?
「我慢することだ」

そう思っていた私は、きっとモヤモヤを積み重ねていたんでしょう。

万木 平自身と朝顔の夫は施設に入所した方がと考えていましたが、朝顔やつぐみは施設に行って欲しくないという気持ちを抱いていました。

どちらの答えを選択してもモヤモヤが残ってしまうのが、介護の難しさ。

私は、自身の介護経験もあり、両親には将来もしこういう時がやってきたら○○っていう理由で施設に入所してもらうってことを考えてあるって予め伝えてあります。

でも、今認知症の方と接している家族で違う答えを持っている方もいるし、私自身もこれから先の人生を歩むにつれて答えが変わるかもしれないし、最近悩んでいた人間関係も価値観の変化によっては変わる可能性だっていくらだってある。

"だから、結局正解なんて無いんだ。"

と監察医朝顔からそんな人間らしさに触れることができ、自分の人生観 介護観を見つめ直せ、朝のスッキリときた気持ちのまま、人生を前向きに歩もうと踏み出せた そんな朝でした。

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