小説 『煌めく』

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余命宣告を受けたのは
1週間前だった
驚かなかったわけじゃない
悲しくなかったわけじゃない
ただわたしは
静かにそこに座っていた

:

ろうそくの灯りをたよりに
詩集を読んでいると
窓の外から
ざざんざざんと
波の音がきこえてくる

ふと夜風に当たろうと
上着を羽織って外に出た

ざざん ざざん

夜風に身をまかせて歩くと
月明かりの照らす浜辺で
チカチカと煌めく光をみつけた

近づいてみると
なんと ちいさなお星さま

思わず
わぁっと声をあげると
お星さまは ひええ、と
悲鳴をあげる

あらごめんなさい
驚かせるつもりはなかったの
そう言ってお星さまをすくい上げる

ぼくのほうこそ
大声をだしてごめんなさい、と
お星さまはくるくるもじもじ
はずかしそうにしている

こんなところでなにをしているの
優しくなでてみると
お星さまはこえをつまらせて
一生懸命はなしだす

じつは、じつは、
ぼくは生まれたての
お星さまなのです

だけど
お空へののぼりかたが
分からないのです

小さくふるえる煌めきを
そっと両手で包みこんでみる
なんだかほんのり温かい

……ふと、思い出す
遠いむかしの話

捨てられた仔犬をみつけた日
両手につつんだ茶白の
あたたかいこと

彼は隣で人懐こい笑みを
うかべていた
僕たちの家で飼おう
きっとよい家族になれるよ

声はやわらかく
木漏れ日が
わたしのワンピースの上で
たゆたっている

ーーもうあの人の顔が思い出せない
でも、声だけは覚えてる

……

お星さまってこんなふうに
生まれていたのね
大丈夫 
わたしがお空にのぼれるよう
お手伝いするわ

ーーーこうして
わたしとお星さまの
奇妙な特訓がはじまる

飛んでみたり 跳ねてみたり
まわってみたり 転がってみたり
ときには 波音に耳を澄ませ

笑って はしゃいで
いつぶりだろうって思うほど
涙がでそうなほど

:

しばらくして
いつになっても
お空にのぼれない気配に
お星さまの瞳がぼやけてきた

ぼく、こわいよ

ハンカチで拭っても
ひとつふたつと
涙がこぼれる

困り果てていたころ
あんたたち
余計なお世話かもしれないけど、と
ヒトデが話しかけてきた

同じ星形のよしみで
教えてあげる
ここで生まれたお星さまは
みーんな海流にのって
海の先へ行くんだ
そこで天女さまに
すくいあげてもらうのさ
そうやって
空にのぼっていくんだよ

ヒトデはそれだけいうと
波間に消えていってしまった
わたしとお星さまは
恥ずかしそうに顔を見合わせた


さて いよいよ旅立ちの時だ


両手にのせたお星さまを
そっと海の先へ差し出してみる

……なかなか動きださない
不思議におもって
お星さまをのぞきこむ

ぼく、いきたくない

波音にかき消されそうな
かすかな声

……どうしたことか
じつはわたしも
この手を離したくないのだ

それでも、

あなたは、
これから何億年も生きていくのよ
今は少し寂しいかもしれないけど
あなたにとっては
きっと一瞬のことだわ

大丈夫 大丈夫と
繰り返しささやく

そういうものなのかな
そういうものなのよ

なんとかお星さまをなだめて
もういちど背中をおす

あなたなら
ひときわ煌めくお星さまに
なれるわ

希望をこめて語りかけると
お星さまはいっそう輝いた

ぼく あなたに会いにくるよ
ええ 楽しみにしてるわ
ぜったいやくそくするよ
やくそくね

名残惜しそうに
わたしの手から
はなれていく

ざざん ざざん

きらきらと眩い光が
濃紺にのまれていくのを
静かにみていた

ごめんね もしかしたら
やくそくは守れないかもしれない

:

わたしは
お星さまが見えなくなっても
そこに立ち尽くしていた

その場を離れたくない気持ちがあった
胸が満たされたような感覚があった

……わたしもあの子のような
かわいいお星さまになれるかしら

呟いてみると
まるで他人事のようだ

宵闇にうかぶ月が
横顔を優しく照らしていた

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あい
20代半ばでADHDの診断を受けました。現在はストラテラを中心に薬を服用し、なんとか生き延びています。