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価値観を育てる

車を運転してたら、ふと昔の事を思い出した。

最近はあの頃抱いていた思いや風景が顔を出す場面が多い。もう数えきれないほどの人と関わっていて、久々に患者さんに会ってもほとんど名前を忘れている。元々顔や名前を覚えるのが苦手な私にとっては自然な事だった。そんな私が昔のことを思い出したのは人生をリスタートしたのが関係している。

私は何年か自分らしく仕事をできていなかった。患者さんのことを第一に考えていたかったのに、そんな思いは置き去りにされて色んなものが進んでいく。いい看護が出来ることではなく、パフォーマンスで評価される職場。上司の顔色ばかり伺って思いを言葉にできなかった日々。半年、1年とそのまま過ごしていると、ミイラ取りがミイラになったように同じ色になってしまう。協調性を重んじる日本人にとっては自然な事なのかもしれない。少しの違和感を感じながらも忙しい毎日を過ごしていた。

大事な物を落としてきた

それさえも気づかずに

もう一度看護師として働き始めてもうすぐ2か月が絶とうとしている。今いる場所はどこまでも患者さんのことを考えられる、そんな職場だ。病気で苦しむ患者さんと向き合って何も思わない日はない。少しでも心を通わせることはできないか、安心を与えられないかと葛藤する日々。

「看護」を深く考えるようになったからこそ昔の場面がフラッシュバックしてきたんだと気づいた。

肺がんのエンドステージだったおばあちゃん。腫瘍の痛みがずっと消えない中で入院生活を過ごしていた。痛み止めの効果で昼間は何とか耐えていたけど、夜になると痛みは増幅し眠れない日々を過ごしていた。鎮痛剤で痛みをコントロールできなくなると次は麻薬を使って鎮痛を図っていく。
主治医の先生に普通の痛み止めでは治まらないことを報告した。病気を治す手段がないその患者さんに出来る治療は痛みを取り除くことだけだ。だから、当然麻薬を使用すると思っていた。

「その患者さんは高齢だから、適応しない。今の鎮痛剤で様子を見ます」

主治医の指示だった。
適応という言葉が重くのしかかる。専門書やそれがルーティンであるのはしょうがない事なのかもしれない。でも私たちの対象は”人”なんだ。事務的な線引きはできないと思いたかった。
そんな思いは叶わず、治療は変わらなかった。

ある日、私は夜勤で勤務していると、朝の4時ナースコールが鳴る。あのおばあちゃんだ、病室に入るとベッドに座ってうずくまっていた。

「もう痛くてね、全然眠れないの。痛み止めを頂戴」

さっき痛み止めを飲んだのは2時間ほど前、まだ飲めない。

「ごめんね、痛み止めは6時間空けないと飲めないんです。2時に飲んだからもう少し待たないと。」

明らかに苦しい顔をしているおばあちゃんに絶望的な言葉をぶつける。

「そうなの。まだだいぶかかるね。痛くて痛くてどうしようもない」

私はしばらく背中をさすることしかできなかった。もう命の期限は迫っているのにこんなにも苦しまないといけないのだろうか。もどかしさが込み上げてきた。悔しい思いを抱えながら朝になるまで一緒に並んで座り、さすり続けた。3日後おばあちゃんは呼吸を止め、心臓を動かすのを止めた。

とても苦い経験だった昔の記憶。

きっと痛みに苦しむ患者さんたちと向き合っているからこそ思い出したんだろう。

今の職場は1人1人の患者さんに”自分らしい最期を送ってほしい”、そんなことを真剣に考える人達ばかりだ。心地いい居場所だった。

急性期の病院で救命に従事する、傷の手当てなどの処置の介助がテキパキできる、注射が上手にできる。技術を磨くのも看護師としては大事な事。だけど「看護」とはもっと見えないところで発揮するものだと思う。
患者さんの思いを理解するだとか、本当のニードを追求するだとか。

「人の思い」にもっと目を向けるべきだと感じる。

治らない病気と日々戦っている患者さんは、家族の応援があったとしてもいつも孤独と戦っている。張り詰めた気持ちを緩める手を加えられたらどんなにいいか。私は今、一番難しい技術を学んでいるのかもしれない。

あなたの痛みを自分のことの様に感じられる

その途方もない神の領域のような技術を習得するために、私は今日も患者さんの前に立ち続ける。

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あいかも
最後まで記事を読んでくれてありがとうございました!