日産に学ぶ病理学:日産経営危機から得られる教訓(10)知財評価編
日産公式YouTubeチャンネルの意外な現状
知財の基礎が分かっていないYouTuberたちが『日産のエンジンは最高だ』と根拠のない解説をしているのを見て、実際に日産はどのような説明をしているのか気になり、公式YouTubeチャンネルを訪れてみました。その結果、思わず驚愕しました。
日産の公式YouTubeチャンネルでは頻繁に動画がアップされていますが、1日あたりの再生回数がわずか1000~2000回程度しかありません。これが日本を代表する自動車メーカーの公式チャンネルの現状だとは、にわかには信じがたい状況です。
自虐ネタが滑った悲劇
日産の最新技術?! 1984年への回帰
これほど大胆なギャグは、通常なら注目を集めて話題になるはずです。しかし、この動画の再生回数は7000回未満で止まっています。これはまさに、お笑い芸人が最も恐れる『ギャグが滑った』という最悪の状況です。
広告戦略の再考が必要?
この結果を見ると、莫大な広告費を投入してCMを制作するよりも、鉱物太郎さんに日産の宣伝をお願いするほうが、はるかに効果的かもしれません。
日産のブランド力を高めるためには、単にユーモアのある内容を作るだけでは不十分です。視聴者に届くための工夫が必要であり、SNSやインフルエンサーとの連携を活用して効果的に注目を集める方法を模索することが急務でしょう。
日産の技術力を絶賛する自動車評論家に欠けている致命的な視点
日産の自動車を評価するプロドライバーや自動車評論家たちが、『しなやかな走りが生み出す独特のフィーリング』『トルクがもたらすダイナミックな走行性能』『エンジンが奏でる力強さ』といった感想を述べるのは、その人たち独自の経験と視点に基づいたものであり、一概に否定するものではありません。むしろ、そうした感想は、車の魅力を多角的に捉えるための一つの切り口であり、消費者にとっても参考になる重要な情報のひとつといえるでしょう。
しかし、現在の日産再建問題を論じるうえで『日産のエンジンが凄い』『技術力が圧倒的だ』といった単純な賛辞を語ることは、多くの人々をミスリードするリスクがあります。こうした表面的な評価に終始してしまうと、日産が抱える根本的な課題に目を向けることができず、ひいては日本の国益を損なう結果になりかねません。
技術力への盲信がもたらす危険性
多くの日本人が、中国のEVを軽視し『日産の技術力が最高だ』と語っていれば、愛国心を持ち、日本の企業を応援しているつもりになれるかも知れません。しかし、こうした根拠のない楽観論や与太話を繰り返すことは、日産のみならず、日本経済そのものを弱体化させる要因となります。
例えば、技術力や競争力を過信して他国の進歩を直視しない態度は、自国の産業の改革を妨げる温床になります。結果として、日本が国際市場で取り残され、技術的優位を失う危険性を高めてしまうのです。
愛国心を正しく活かすために
もし読者の皆様が本当に愛国心を持ち、日産の再建を心から願っているのであれば、まずは中国の技術力を貶めることに満足するのではなく、その脅威を真摯に受け止めるべきです。そして、中国やインドの技術進歩に対抗するための具体的な策を考えることこそが、日本産業の未来を支える行動だといえます。
中国やインドの技術力を過小評価することは、結果として日本産業の競争力を低下させるだけです。このような姿勢では、日本の産業力や学力、さらには国際競争力の低下を招くばかりでしょう。今こそ、現実を直視し、競争力強化のための具体的な行動をとる時なのです。
中国の自動車製造方法の進化を見ると、トヨタの『かんばん方式』などの製造手法が、すでに時代遅れとなりつつあることは明白です。
日産の技術力を理解するには何が必要か?
私は、国内外の大学や企業の研究成果を統合してプロジェクトを立ち上げる仕事をしてきた経験があります。現在でも、国際共著論文を頻繁に執筆し、国内外の最先端事業のアレンジを実務で行っています。
私が『アフリカでアグロフォレストリー事業を行っている』と説明すると、多くの方は長閑な田園風景でのんびり仕事をしている場面を想像されるかもしれません。しかし、実際に私が携わるプロジェクトでは、以下のような最先端技術が投入されています。
・遺伝子解析やバイオテクノロジー
・人工衛星、ドローン、IoTなどの観測技術
・スーパーコンピュータや最先端AI
・再生可能エネルギーの利活用
このように、自然が相手のプロジェクトであっても、高度なハイテク技術が不可欠なのです。
論文と特許の関係性
文学や歴史、哲学などの論文を書く際に特許の存在を意識することは少ないでしょう。しかし、私が関わるようなジャンルでは、論文を提出する前に特許を申請することが鉄則です。
論文として発表してしまうと、その内容は既知の情報や技術と見なされます。すると、特許を成立させるために必要な新規性が失われてしまうのです。そのため、私の分野では、特許申請を優先することが不可欠です。この基本を理解していなければ、技術の評価や開発戦略の立案を的確に行うことはできません。
技術理解に必要な視点
日産の技術力を正しく理解するには、特許と技術の関係性を深く理解する必要があります。単に『優れた技術を持っている』という表面的な評価では不十分です。日産がどのように特許を戦略的に活用し、グローバル市場で競争力を高めているかを見極める視点が重要です。
私は単にアフリカやアグロフォレストリーだけの専門家ではありません。科学技術や特許技術を評価し、それを基にシナジー効果を創出するコンソーシアムを立ち上げる専門家でもあります。必要に応じて異分野の合弁会社設立構想を立案し、それを実現する経営力も備えています。その中核を支えるのが、技術や特許の評価能力です。
日産自動車の企業価値や競争力を評価するために必要なデューデリジェンス能力
デューデリジェンスには様々な観点がありますが、特許に関するデューデリジェンスを行う際には、以下のような手法や観点が重要です。このプロセスを通じて、日産自動車の特許が競争優位性や収益性にどの程度寄与しているかを評価できます。
特許ポートフォリオの評価
特許の数量と質の分析:特許の総数を把握し、技術分野別・地域別に分類。特許の技術的独自性や影響力(引用頻度など)を分析します。
技術分野の関連性:電気自動車、燃料電池車、先進運転支援システムなどの自動車業界のトレンドと関連する特許を確認。次世代バッテリーやコネクテッドカー技術など、将来性のある技術に基づく特許を特定します。
特許の市場価値の評価
ライセンス収益:特許が他社へのライセンス供与でどれほど収益を生んでいるか調査。
コスト削減効果:特許が製品開発コストの削減や効率化にどの程度寄与しているかを評価。
独占力と市場シェア:特許が競合他社に対する市場優位性を確保する上での役割を分析。
特許リスクの評価
特許の有効性:出願時の適切性や新規性を確認。特許侵害訴訟の可能性も評価します。
特許の維持状況:維持されていない特許があればその理由を調査。
クロスライセンス契約:他社と結んでいるクロスライセンス契約が企業価値にどのように影響しているか確認。
地域別の特許戦略分析
国別の特許登録状況:日産が進出している市場で特許が十分に保護されているか確認。
地域ごとの特許競争力:地域ごとの競合企業の特許と比較し、日産の競争力を評価。
特許ポートフォリオの戦略的活用
M&Aや提携の価値:特許が他社との提携や買収時にどのような価値を持つか評価。
特許の戦略的売却:不要な特許を売却し、収益化の可能性を検討。
技術動向との整合性
・カーボンニュートラル技術や自動運転など業界全体の技術トレンドとの整合性を分析。
・日産が技術的に他社に遅れを取らないように、特許の未来志向を確認。
財務的な影響
・特許ポートフォリオが企業全体の資産や収益にどの程度寄与しているか、財務データを基に評価。
・特許が企業の株式評価や将来的な収益性にどのように影響するかを分析。
特許アナリストやコンサルタントの必要性
特許デューデリジェンスでは、単に特許の有無を確認するだけでなく、その質、戦略的価値、市場競争力、リスク要因を総合的に評価することが求められます。このプロセスを通じて、日産自動車の特許ポートフォリオが持つ潜在的な企業価値を正確に把握し、経営戦略や投資判断に活用することが可能となります。
しかし、弁理士や公認会計士の専門性だけでは、特許評価に必要な要件を十分に満たせない場合があります。特許の市場価値や経営戦略上の役割を分析するには、特許アナリストやコンサルタントといった専門家の関与が不可欠です。特に、特許技術と市場動向を深く理解し、経営者の視点に立った特許活用戦略を提案できる専門家の役割は、企業競争力を高めるうえで非常に重要です。
さらに、企業の方向性や成長戦略に応じて必要とされる技術要素は大きく異なります。例えば、EV(電気自動車)市場へのシフトを目指す企業と、燃料電池車やコネクテッドカー技術を重視する企業では、求められる特許の種類や評価基準が変わります。このような状況では、経営的視点を持ち、特許を企業の中長期的な戦略に結びつけて評価できる専門家が不可欠です。
特許を単なる法的権利としてではなく、経営資源として活用するためには、特許技術が企業のビジョンや市場環境とどのように整合するかを見極める能力が必要です。こうした経営的な観点を持つ特許アナリストやコンサルタントは、特許ポートフォリオの適切な活用を通じて、企業の持続的成長を支える重要な存在となります。一方で、自社の知的財産権の優位性を的確に理解し活用できる経営者がいれば、こうした専門家が不要になる場合もあるかもしれません。しかし、日産にはこのような人材が不足しており、この点が同社の致命的な課題の一つであると言えるでしょう。
武智倫太郎