見出し画像

そして誰も巧妙なステルス値上げに気づかなかった

 ミニマリスト御用達の『無印良品』に対抗する、新たなライフスタイルブランド『無職透明』の葛西社長は、一品から0.1円でも多く稼ぐことを目的に重役会議を開き、『誰もが巧妙なステルス値上げに唸る斬新な手口を提案してほしい』と、重役たちに問いかけた。

 副社長が提案したのは、『ミニマリストに対抗して、ステリストという新しいライフスタイルを世界に定着させてはいかがでしょうか?』というアイデアだった。葛西はしばし考え込んだが、ステリストのイメージがわかなかったので、副社長に一週間以内に具体策とロードマップをポンチ絵にして提出するよう命じた。

 次期社長の座を狙う専務取締役は、副社長を横目に見下ろしながら冷ややかに、『商品のパッケージを環境に優しい、エコフレンドリーなものに変更し、軽量化や薄型化を強調してはいかがでしょうか? 消費者には環境配慮と見せかけて、実際には中身を少しずつ減らして、エコに優しいパッケージの進化と宣伝すれば、ステルス値上げは気づかれませんよ』と、無難な対策を提示した。

 しかし、常務取締役はそれを制し、『それでは、最近のグリーンウォッシュ規制や消費者保護法、商品適正表示法に触れるリスクがあり逆効果ですよ。法の盲点を突くのが良策です。たとえば、期間限定のお試しサイズミニサイズを出して、通常サイズを品切れにし、小さめのサイズだけを残す。消費者は値上げに気づかず、小さめのサイズがデフォルトになります』と自信に満ちた表情で提案した。

 次に、営業担当部長は『新改良新技術といった言葉を使い、商品の微細な変更をアピールすることです。これで消費者は、品質向上のために値段が上がったと思い、中身が減ったことや、価格の上昇に気づかないでしょう』と述べた。

 商品開発担当部長は、付加価値を追加する手法を推奨した。『新しい健康成分やビタミン強化を加え、消費者の健康志向に訴えれば、実際の値上げには気づかれず、むしろプラスの印象を与えられます』と、商品開発担当者らしい発言をした。

 市場開拓部長は、同じブランド内で少しずつ容量を減らす手法として『スナック菓子A、B、Cそれぞれで5gずつ減らし、値上げを分散させます。一つ一つの変化は小さいため、消費者は気づきにくいでしょう?』と他の重役たちに問いかけた。

 消費者部長は『消費者リクエスト対応という名目で、薄味化や糖質オフのリクエストに応え、成分を少し減らせます。これなら消費者は値上げとは思わず、むしろ自分たちの声が反映されたと感じるでしょう』と提案した。

 次から次へと提案される様々なステルス値上げ商法は、どれも日本中の食品メーカーやスーパー、コンビニなどが既にやっていることで、本当に斬新なものは何一つなかった。そこで、DX担当部長が提案したのは、経産省が大々的に進めている純国産AI開発プロジェクトの助成金で購入したAIに経営企画をさせてみることだった。

 このAIは1960年代のコンピュータのようにどこか重々しく、IBMの電子タイプライターが100台以上並んだタイプ室では、タイピストの入力音がダダダダダとやかましく刻んでいた。白い壁に囲まれたコンピュータルームには、紙テープがシャカシャカと巻かれ、オープンリールの磁気テープがシュルシュル〜キュルキュル〜ル〜と回転し、LEDランプがチカチカと点滅する巨大なメインフレームが中央に鎮座していた。

 経営会議が進行する中、コンピュータルームの一角に置かれた新型AIの『コボラーAI』が、慌ただしく計算を開始した。このコボラーAIは、経済産業省がCOBOL技術の伝承を目的に開発した純国産AIだ。ガシャガシャ・カチカチと機械音を立てながら、膨大な紙カードのデータを処理していく。やがて、ランプがひときわ明るく点滅し、コボラーAIが結果をはじき出した。

『ステルス、ネアゲ、ホウホウ、カンセイシマシタ』と、宇宙人が片言のカタカナ日本語『ワレワレハ、ウチュウジンダ』とでも言いたげな感じで、AIが発言を始める。その声は無機質ながらもどこか奇妙でノスタルジックなユーモラスな魅力があった。重役たちは耳を傾けた。

『ダイナミック、ショウヒン、ハイブン、システム、オススメスル。チイキベツ、ショウヒン、サイズ、ダンダンテキニ、ヘラス。トシブ、ショウリョウ、シュウチュウ、キョウゴウ、チュウイ…』

 AIはまず、地域ごとに商品サイズを調整する戦略を提案した。都市部では容量を徐々に減らし、郊外では容量を変えずに消費者の目を欺くという手口だ。AIの提案は、淡々と続く。

『コベツカカク、セッテイ、ショウヒシャ、カイモノ、キロク、カイセキスル…』

 AIは消費者ごとに値段を変える『個別価格設定』を導入すべきだと語った。消費者ごとの購買データをもとに、値上げに気づかれないよう調整を行う。重役たちは顔を見合わせ、驚きを隠せない様子だ。

『パーソナライズ、ショウヒン、オススメスル。ダイスキナ、アジツケ、ツケル…』

 さらに、消費者一人ひとりに合わせたカスタマイズ商品を提案し、特別感を演出して値上げを隠すという手法も披露した。

『ショウヒシャ、シンリテキ、ユウドウ…』と、AIはその後も流れるように説明を続け、購買パターンを分析してタイミングよく小さな値上げを実施する案を出し、さらには商品寿命を最適化して、消費者に気づかれないように少しずつ内容量を減らすことも推奨した。

 会議室の空気がピリピリと張り詰める。次々と繰り出されるAIの提案に、参加者たちは驚きを隠せないままだ。最後にAIは、淡々とした調子で結論を述べた。

『ステルス、ネアゲ、シュホウ、カンゼンニ、コウミョウ。ニンゲン、ヨリ、ウワテナリ』

 LEDランプが一瞬だけ強く光り、また静寂が訪れた。経営者たちは口を開けたまま沈黙したが、すぐにそれが驚愕の表情に変わっていった。人間には到底思いつかないような、AIによる究極のステルス値上げの手法が、ここに提案されたのである。

 コボラーAIは、次に自動的にステルス値上げ商品開発助成金、健康食品研究開発助成金、製品製造ライン省エネ助成金、ロジスティクスGHG排出量削減助成金、廃食油利用助成金などを自動申請した。取引先のコボラーAIたちに、極小梱包材やマイクロ食材加工機械、極小EVトラックなどを発注し、プレスリリースでこの成果を大々的に発表した。さらに、SNSの情報を操作して、完成すらしていない商品に大ブームを発生させ、サステナブル・クラウドファンディングで半年後の納品という条件で、意識高い系の消費者たちから資金調達まで完了してしまった。

 誰もがクラウドファンディングでステルス食品を注文し、さらにはAIにステルス値上げ商品の企画を任せた経営者すら、その注文を忘れたころ、キーホルダーのように小さなミニチュア食品がドローンで宅配された。

 そして誰も巧妙なステルス値上げに気づかなかった。

武智倫太郎

自己解説
 まずは、『そして誰もが巧妙なステルス手法にうなった』と、タイトルを決め打ちしてきた葛西さんのテーマから書いてみました。本作品で最も難しかった点は、誰も気づかないという条件を成立させるために、消費者だけでなく、商品を提供した企業の経営者や従業員も気づいてはならないという設定をクリアする必要があったことです。そのため、本作ではAIに経営の意思決定を任せ、さらにクラウドファンディングで消費者が自分たちの注文を忘れてしまうという仕掛けを用いました。読者の皆さんは、この巧妙な設定に気づかれましたか?

 ところで、葛西さんのnoteは一見すると、単なる『アヒルっ娘』萌えの人と思われるかも知れません。

 ところが、実はコンピュータのことに詳しく、ICTの専門家以外の経営者や行政担当者でも分かるように、ICT導入に必要なシステムの合理化やセキュリティの考え方、ICT業界の商慣習や開発スタイルの問題まで、丁寧に説明しています。問題なのは、どれだけ丁寧に説明しても、わからない人にはわからないという現実です。この現実は、デジタル庁や関連省庁がマイナンバーカードの導入・普及に何兆円も費やしても、まともなシステムが構築できないことからも明らかです。

 葛西さんの面白いところは、最近ChatGPTを見て『AI凄い!』と思い、AI関連の本を数冊読んだだけで専門家になった気になっている自称AI専門家たちとは違って、この小説に描かれたようなナンセンスな話の面白さがわかるところです。彼は何時からコンピュータに取り組んでいるのか謎の人物なのです。

#ステルス値上げ対抗宣言

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?