ビッグテックの最新情報を英語ニュースで読んでいるようでは遅すぎる理由
この話は、金融・証券・保険・格付け機関などの専門家にとっては何十年も前から常識です。しかし、テクノロジー業界の最新情報を英語ニュースで読むだけでは、致命的に遅過ぎます。
自称・金融やAIの専門家の多くは、英語や日本語のニュースを読んだ後にYouTube番組を制作・配信していますが、彼らの話を聞くと『いまさらそんな話?』と驚くことが少なくありません。まるで『石器時代の出来事を語っているのか?』と思うほど、情報が古びているのです。本稿では、彼らの情報はここまで遅れる理由を解説します。
ニュースメディアの時間差は想像以上に大きい
Bloomberg、WSJ、FT、Reutersといった主要な英語ニュースメディアは、一般的な報道機関の中では素早く情報を配信しています。しかし、それでもニュースとして世に出るまでには相当なタイムラグがあります。
ニュース記事が公開されるまでの基本的な流れは、以下のようなものです。
1.企業のプレスリリースが発表される
2.記者が情報を整理し、関係者に取材を申し込む
3.記事が執筆され、デスク(編集部)で確認される
4.最終チェックの後、電子版に掲載される
この過程だけでも数時間か掛かることはことは珍しくなく、場合によっては1週間以上遅れることもあります。
さらに、独自にニュースを配信するブロガーやテック系ライターも存在しますが、彼らでさえ24時間作業できるわけではありません。そのため、記事の鮮度や質にはばらつきが生じます。
ここで重要なのは、『正確さ』と『速さ』はトレードオフの関係にあるという点です。たとえば、裏取りをせずに書いた記事なら数分で公開できますが、関係者の証言を集め、証拠を固め、編集部と議論を交わした上で世に出る記事は、全く異なるプロセスを経ています。
新聞は速報性を重視し、正確さよりもスピードを優先しますが、それでも『英語のニュースですら遅い』という現実があります。
日本語版ニュースはさらに遅れ、情報量も削減される
英語ニュースですら遅いのに、日本語版のニュースはさらに遅れます。多くの主要ニュースの日本語版には『抜粋』と記されていることが多く、情報が省略されています。つまり、英語版の記事の日本語訳は、『英語版より8時間以上遅れる』『元の記事の内容がカットされ、情報量が少ない』という二重のハンデを背負っています。
さらに、日本の新聞社は海外メディアと提携している場合でも、翻訳や編集の関係でさらに遅れが生じます。そして、それが紙面に印刷され、配達される頃には市場の状況は大きく変わっているのです。
このような遅れがあるため、新聞や週刊誌、月刊誌を情報源にしている人々は、もはや『情報弱者』と呼ばざるを得ません。
生成AIは使用する人によって成果が大きく異なる
『では、生成AIを使えばよいのではないか?』と考える人もいます。しかし、それだけでは十分とは言えません。AIに所定の条件を入力すれば膨大な情報を得ることができますが、その情報の正確性を判断するには基礎知識や一般教養が不可欠です。これは『常識』と言い換えることもできますが、何をもって常識とするかには明確な基準がなく、その判断は容易ではありません。
しかし、生成AIの出力に自分が知らない単語や概念が含まれている場合、それを理解するまで安易に鵜呑みにすべきではありません。一つでも意味を把握できない単語や概念が含まれている文章は、単なる文字の羅列に過ぎず、適切に解釈できなければ価値を持ち得ないのです。
また、生成AIが出力した情報の責任を負うのはAIではなく、それを使用する人間です。この基本的な原則を十分に理解していない人が多いため、生成AIを『万能な知識の源』ではなく、単なる『道具』として適切に扱うことの重要性を改めて認識する必要があります。
これは、自動車の運転における責任に置き換えて考えると、より分かり易いかも知れません。かつてマニュアル車が主流だった時代、自動車事故の責任は運転者にありました。同様に生成AIが出力したデータをどのように活用するかの責任も、使用者にあります。
将来的に完全自動運転が普及すれば、事故の責任の所在は曖昧になる可能性があります。しかし、現時点の生成AIは完全自律型の知能ではなく、あくまで『道具』に過ぎません。出力された情報をどのように解釈し、利用するかは、最終的に人間の判断に委ねられているのです。
さらに、最新の生成AIには検索エンジンとしての機能も備わっており、ある程度新しい情報を取得できます。しかし、生成AIが参照できるのは『基本的』に『公開された情報』のみです。
ここで『基本的に』と述べたのは、実際には一部のAIが非合法な内部情報やユーザーのデータをトレーニングに使用しているケースがあるためです。そのため、多くの生成AIの利用規約には、次のようなディスクレーマーが記載されています。
『重要な情報を入力しないでください。情報が漏洩したり、無断で学習に利用される可能性があります。また、政府の指示により、最低でも1カ月以上は送信された情報を弊社で保管します。破棄の時期や学習への使用可否は、利用規約の変更次第で決定されます。利用を継続することで、これらの変更に同意したものとみなします。』
つまり、生成AIはユーザー情報を無断で学習することで、ニュースメディアよりも早く情報を収集できる場合があります。しかし、不正に取得されたデータである以上、その精度や信頼性には限界があり、リアルタイムの最前線に追いつくことはできません。
結局のところ、生成AIも『ニュースをもとに情報を生成している』に過ぎず、ニュースメディアと同様に時間差という壁を越えることはできないのです。
機関投資家やヘッジファンドは『ニュースの前』に動く
一方で、機関投資家やヘッジファンドは、市場の動向を先回りしてポジションを取っています。彼らはニュースが出る前に動くため『ニュースを読んでから判断する』時点で、すでに遅すぎるのです。
市場関係者が意識しているのは、報道される前のデータや、企業関係者のわずかな動き、政府の発表内容を精査した上での先回りです。
『最新のニュースを読んでいるつもり』が、実際には周回遅れになっているという認識を持たなければ、テクノロジーや金融の最前線に立つことはできません。
ニュースに頼らず、多角的な情報から判断することが重要
ビッグテックの最新情報を英語ニュースで読むだけでは遅すぎる理由は以下の通りです。
1.英語のニュースは報道までに時間がかかる。
2.日本語版ニュースはさらに遅れ、情報も削減される。
3.生成AIはニュースをもとに情報を生成するため、リアルタイム性に限界がある。
4.機関投資家やヘッジファンドは、ニュースが出る前にすでに動いている。
5.本当に最前線の情報を得たいなら、ニュースを待つのではなく、自ら取りに行くしかない。
市場関係者のSNS、企業のプレスリリース、特許情報、政府機関の発表、カンファレンスのプレゼン資料、データベースなどを活用し、ニュースになる前の情報を掴むことが求められます。
重要なのは『どこから情報を得るか』ではなく、『ニュースになる前の情報をどう掴むか』、そして『その情報をどう解釈し活用するか』です。
また、非公開情報を入手した場合は、その取り扱いに細心の注意を払う必要があります。法的・倫理的なリスクを考慮し、適切な手段で活用することが重要です。
私が日本の新聞やテレビのニュースを見ない理由
英語のニュースですら遅過ぎるため、私は日本の新聞やテレビのニュースをチェックする習慣がまったくありません。
そのため、日本で何が報道されているのかを知るには、例えば葛西さんに『最近の日本ではピコ太郎が流行っているのですか?』と尋ね、『ピコ太郎ではなく、今はフジテレビが話題のようです』といった具合に教えてもらい、国内のリアルタイムな流行をキャッチアップする必要があります。
他にも、鉱物太郎さんの記事を読んで、人気ハッシュタグの研究をすることにも余念がありません。私はコンピュータを作る専門家であり、使う専門家ではありません。エクセルを作ることはできますが、使うのは苦手なのです。
これは、自動車工場で組み立て作業をしているからといって、誰もがプロのレーサーになれるわけではないのと同じことです。『作る能力』と『使う能力』は、まったくの別物なのです。
『ゲル石破』という言葉が気になったので語源を調べてみたところ、なんと『石破茂』と入力すると『石橋ゲル』と変換されることから、石破茂総理大臣閣下の愛称として『ゲル石破』が生まれたようなのです。
そこで、狂気のマッドサイエンティストである鳳凰院凶真としては、人類ゲル化計画を実行すべく、画像生成AIに『ネズミのコスプレで有名なゲル石破』を作ってくださいとリクエストしたところ、あっという間にゲル石破の画像が合成されたのです。
これと同じように、中国で『ゲルのプーさん』を作ってしまうと、最悪の場合、強制収容所送りになる可能性すらあるので要注意です。日本では言論の自由を謳歌できることこそが、noteの最大の楽しみなのです。
付録:情報収集手段の基礎中の基礎
金融・証券・保険・格付け機関などが情報収集している手段
金融・証券・保険・格付け機関などのプロフェッショナルは、一般ニュースよりも数分~数時間早く情報を得るために、以下のような手段を駆使しています。
1.専門端末とデータフィード
機関投資家は、リアルタイムで市場情報を取得・分析するために、以下の専用端末を利用します。
Bloomberg Terminal(ブルームバーグ端末)
・ナノ秒単位の市場データ、プレスリリース、財務情報、ニュースを配信する機関投資家必須のツールです。
Refinitiv Eikon(旧 Thomson Reuters Eikon)
・ロイター系の金融情報プラットフォームで、ヘッジファンドや証券会社向けにリアルタイムデータを提供します。
FactSet
・投資リサーチに特化した金融データ分析ツールで、企業の決算情報、M&A動向、アナリスト予測を瞬時に取得可能です。
S&P Capital IQ
・格付け機関S&Pが提供する企業財務・マーケット分析ツールです。
これらの端末では、ニュースの発表前にアルゴリズムが情報を解析し、売買判断を支援します。そのため、一般のニュースメディアを待つよりもはるかに速く市場の動きを捉えることが可能です。
2.高速なプレスリリース情報の取得
機関投資家は、企業が発表するプレスリリースを以下のような高速配信ネットワークを通じて取得し、即座に分析・取引を行います。
主要なプレスリリース配信サービス
PR Newswire
Business Wire
GlobeNewswire
さらに、AIがプレスリリースや企業声明の『感情分析』を行い、市場に対する影響を即座に評価しています。たとえば、決算発表が市場予想を上回るかどうかを瞬時に判断し、取引アルゴリズムに反映させることが可能です。
3.ソーシャルメディア・ダークプール情報
市場に影響を与える情報は、もはや企業の公式発表だけではなく、SNSやダークプール(非公開市場)からも流れてきます。
ソーシャルメディア監視
X(旧Twitter)、Reddit、Weibo、TelegramなどをAIがリアルタイムで分析します。これは、イーロン・マスクやトランプ大統領、プーチン大統領などのツイートが市場を即座に動かす可能性があるため、専用AIが常時監視しているためです。
クローズドな投資家フォーラム
WhaleWisdom、SumZeroなどのフォーラムでは、大口投資家の取引情報が一般ニュースよりも先に共有されています。ソーシャルメディアや投資フォーラムの情報を活用することで、市場が動く前に先回りした取引を行うことができます。
4.特許申請や規制文書のスキャン
ビッグテック企業の動向をいち早く察知するために、特許や規制関連の情報をAIで解析する手法が取られています。
特許申請情報の解析
・新技術や事業計画を特許出願から推測
・AppleやGoogleが申請した特許から、次世代デバイスのヒントを得る
・SEC(米証券取引委員会)への提出書類をAI解析
・フォーム8-K(重要な企業イベントの開示)、フォーム10-K(年次報告書)をスキャンし、市場インパクトを判定
これらの文書の変化を検出することで、公式発表前に企業の動向を察知できる点が大きな強みです。
5.エリートネットワークと非公式情報
公式発表よりも早く市場の動きを察知するためには、クローズドなネットワークやオフレコ情報の活用が欠かせません。
業界カンファレンス(CES、MWC、AI Summit など)
・企業幹部のオフレコ発言から重要な投資情報をキャッチ
・CEOが今後の戦略をカジュアルに語る場で、株価に影響する情報が得られる
・政府関係者・ロビイストとの情報共有
・規制動向や政策変更を事前に把握
・欧州委員会の新規制がテック業界に与える影響を、正式発表前に察知
非公式な情報源からのリークは機関投資家の意思決定に大きく影響を与えるため、こうしたネットワークを活用することが常態化しています。
武智倫太郎