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博多の居酒屋で3時間飲んだら

 本田すのうと武智倫太郎は、それまで博多の街にも、居酒屋にも一度も足を踏み入れたことがなかった。しかし、ある晩、彼らはなぜかこの街に引き寄せられ、同じ居酒屋の暖簾をくぐることとなった。

『こんばんは。お一人様ですか?』と、店の女将が笑顔で迎えたとき、すのうと倫太郎は店の入口で鉢合わせた。

 新幹線の博多駅と小倉駅がある福岡県では近年、相席居酒屋や相席ラウンジ、相席カラオケ、相席バー、相席カフェ、相席メイド喫茶などが増え、相席が一般的になっていた。二人は驚きながらも、『これが福岡の特徴か』と軽い気持ちで相席することにした。

 テーブルにビールが運ばれ、初対面にもかかわらず、二人は互いにどこか不思議な縁を感じていた。

『博多って、こんな感じなんですね。初めて来たんです』と、すのうが口を開いた。彼女は、三人の子どもたちを『オリンピック男子体操メダル級のうどん打ち』選手に育てることを目指す子育てエッセイストで、日々奮闘していた。
#なんのはなしですか

 すのうが、今回初めて福岡県を訪れた目的は、博多が饂飩(うどん)発祥の地であり、博多区の承天寺にある『饂飩蕎麦発祥之地』の石碑から、究極の饂飩製造法の啓示を得ることが目的だった。

『俺も初めてだよ。博多には縁がなかったんだけど、今日はどうしても福岡の饂飩が食べたくてね。『資さんうどん』がすかいらーくHDに買収されたって聞いて、味が変わる前に食べたいって思ったんだ。何か別の力に導かれた感じもするけど…』と、倫太郎は慎重に言葉を選びながら答えた。彼はエンジニアで、物質主義的な世界観を持っていたが、最近は説明のつかない出来事に悩まされていた。

 ビールを一口飲んだ瞬間、時間が止まったかのように周囲の空間が歪み始めた。壁にかけられた時計の針が不規則に動き、外の喧騒も消えていった。二人は、何かが始まったことを感じ取った。

 すのうは疑わしげに『この世界、変じゃないですか? もしかして私たち、夢の中にいるんじゃないですか?』と尋ねた。

『いや、これは夢じゃない。物理的に説明できる現象だと思う』と倫太郎は即座に答えた。『ただ、時間が歪んでいるのかもしれない。居酒屋でこんなことが起こるなんて、まったく予想外だけど…』

 その時、店内のテレビが突然奇妙な映像を映し始めた。二人が座っている場面が、まるで過去と未来を同時に映しているかのように、異なる時間線が交錯していた。すのうはその映像を見て、ますます現実感が薄れていくのを感じた。

『もし私たちに自由意志があるなら、ここから出られるはずですよね? でも、何かが私たちをここに閉じ込めているような…』と、すのうは言った。

『もしこれが運命だとしたら、俺たちは受け入れるしかないんじゃないか?』と倫太郎は反論した。『決定論的な世界観では、今起こっていることもすべて計画されているんだ。たとえそれが異次元の出来事であっても…』

 二人の議論は次第に白熱し、まるで外の世界が消えてしまったかのようだった。その瞬間、テーブルの上に並んだ料理が突然変化し始めた。焼き鳥が刺さった串は、時間の象徴のように朽ち果て、また新しいものに戻っていく。刺身の皿も、未来の腐敗と過去の新鮮さを繰り返していた。

 倫太郎は『時間が戻ったり進んだりしている…まさか、これはパラレルワールドか?』と、物理法則に縛られていた自分の思考を超えた可能性に気づき始めた。

 すのうは『じゃあ、私たちの選択もすべて決まっているの? それとも、自由に選べるの?』と、運命論と自由意志の間で揺れ動いていた。

『分からない。でも一つだけ確かなことがある。もしこの世界が仮想現実か異次元の一部なら、俺たちはまだ何かを選べるかもしれない』と、倫太郎はグラスを握りしめた。

 時計が3時間を指したとき、店の外の世界が再び静かに動き始めた。二人が居酒屋を出ると、そこには確かに見慣れた博多の風景が広がっていた…はずだった。しかし、よく見ると、街は少し違っていた。ネオン看板の文字はどことなく古く、通りを歩く人々の服装も懐かしい感じがした。すのうと倫太郎は顔を見合わせ、不安を感じながらもその街を歩き始めた。

『これ、昭和の博多なんじゃないか?』と、倫太郎が疑念を口にした。

『まさか、タイムスリップしたとか?』と、すのうは半信半疑のまま街を見渡した。

 ふと、目の前に『昭和うどん』という看板を掲げた小さな店が現れた。二人はその店に引き寄せられるように入っていった。中は、古き良き昭和の雰囲気そのもので、年季の入った木のカウンターと、薄暗い照明が独特の空気を醸し出していた。

 年配の店主は、ドスの効いた声で『いらっしゃい』と二人を睨みつけた。どこか油断ならない凄みのあるオーラをまとい、シャツの襟首からは入れ墨の輪郭がのぞいていた。さらに、小指が欠損しているのが目に入った。どう見ても、『修羅の国』と恐れられていた福岡の『ヘタ打ちヤクザ』だ。
#どうかしているとしか

『うどんを一つずつお願いします。あっ、僕らは堅気なんで、ロケットランチャーと手榴弾とチャカ抜きで!』と倫太郎が頼むと、すのうは思わず微笑んだ。『饂飩の発祥地に来て、まさか武器抜きのごぼう天うどんを食べることになるなんてね。』

 店主が出したうどんは驚くほどシンプルだった。しかし、一口食べた瞬間、二人はその深い味わいに言葉を失った。腰がなさそうで微妙に腰のある博多饂飩に、20センチに切られた牛蒡の天婦羅が乗せられた『ごぼう天うどん』。澄んだあごだしの汁と見事に調和し、懐かしさと新しさが交錯し、二人は時間を超越したような感覚に包まれた。

『この味…まるで時空を越えたかのような感じがする』と、すのうが呟いた。

『俺たち、本当にタイムスリップしたのかもしれないな』と、倫太郎も感慨深げに答えた。

 飲み会の〆の定番である『ごぼう天うどん』を食べ終え、二人は店を出た。気がつけば、街は再び元の博多に戻っていた。まるで昭和の幻が消え去ったかのように、現代の喧騒が戻ってきたのだ。

『何だったんだろう、今のは?』と、すのうは、少しぼんやりとした表情で呟いた。

『分からない。でも、あの饂飩はただの饂飩じゃなかった。時間を超える力があったのかもしれない…』と、倫太郎は不思議な気持ちを抱えながら答えた。

 その時、すのうのスマホが鳴った。画面を見ると、今日の出来事を記録したはずのメモアプリが『データなし』と表示されている。何度試しても同じ結果だ。

『夢だったのかな? いや、そんなはずないよね』と、すのうがつぶやくと、倫太郎も頷いた。『あれは現実だった。でも、何かが俺たちを試していたのかも知れないな。』

『そうかもね。でも、もし自由意志があるなら、私たちはまた、あの居酒屋に戻れるはずよ。そう思わない?』と、すのうは、いたずらっぽく微笑んだ。

 倫太郎も笑みを浮かべ、『そうだな。次は饂飩じゃなく、中洲の屋台のもつ煮込みにしようか・・・。』と言った。

 二人は軽く笑いながら、博多の夜の街を歩き出した。時空のゆがみや運命の力に翻弄されたとしても、彼らの選択は常に自由だった。そして、未来もまた、彼らの選択次第でいくらでも変わるだろう。

武智倫太郎

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