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日本の自動車産業が日本経済を滅ぼす:『ものづくり日本』の幻想が抱える致命的欠陥(4)
このシリーズでは『日産不要論』をはじめ、『日本の自動車産業が日本経済を滅ぼす』という、ある意味では自明ともいえる事実について論じ続けています。本来なら、一記事で十分に説明できる内容ですが、継続して書いているのは、読者のみなさまから『日産の従業員がかわいそう』、『人員削減された日産職員はどうすればよいのか』、『日本が生き残るためにどのような分野にリソースを集中すべきか』といった質問を頻繁にいただくためです。
通常こうした質問には記事の続編やコメント欄で回答していますが、同様の疑問が繰り返し寄せられることもあり、今回は典型的な問いに対して私見を包括的に述べたいと思います。
私の主張を誤解される方はほとんどいませんが、ごく稀に記事の意図を正しく理解できず、的外れなコメントをいただくことがあります。そこで改めて申し上げますが、私は日本や日本の自動車産業そのものが嫌いでこの記事を書いているわけではありません。ましてや、不要な人材を解雇すべきだと主張しているわけでもありません。
日本の自動車産業が直面する課題とキャリア形成の現実
私が提言しているのは、日本の自動車産業が日本経済に過度な負担をかけることなく、自力で国際的な産業競争力を獲得するか、あるいは中長期的(10〜30年先)に見ればBEV(バッテリー電気自動車)以外の選択肢はないという現実を認識し、日本や日本企業がこの分野で生き残るための方策を提示することです。
世の中には勝ち負けにこだわる人も少なくありませんが、日本や日本の自動車業界が世界のトップである必要はなく、他国に圧勝する必要もありません。重要なのは、勝ち負けではなく『戦争』に巻き込まれずに生き残ることです。ここで言う『戦争』には、武力を伴う戦争だけでなく、経済戦争も含まれます。ただし、競争・紛争・戦争はそれぞれ異なる概念であることを理解する必要があります。
しかし、日本の自動車メーカーの経営陣や多くの消費者は、この現実を正しく理解していません。そのため、日本の自動車産業は崩壊の危機に瀕し、さらにBEVに関連するエネルギー分野やICT(情報通信技術)分野にも大きな打撃が及ぼうとしています。私はこれまで、こうした状況を分かり易く解説してきました。
BEV、エネルギー、ICTの相互関係への誤解
日本では、BEV・エネルギー・ICTの三分野が全く別物だと誤解している人が非常に多くいます。各分野を個別にしか捉えられない背景には、日本の教育制度やマスメディアの偏向報道、さらに基礎知識が乏しいYouTuberによる誤った情報発信があると言えます。加えて、視聴者がこうした情報を検証できない状況も大きな問題です。
しかし、『電気がなければICTもBEVも動かない』という事実は、小学生でも理解できるほど単純な話です。それにもかかわらず、多くの人がこの基本的な相互関係を軽視しているのが現状なのです。
将来性のない自動車業界と銀行業界のキャリア選択
なぜ自動車業界の人は自動車業界で働いているのか?
日産やトヨタよりも自分に適した職場があると感じるのであれば、転職するのは自由です。そもそも、最初から『自動車業界には将来性がない』と考えている人は、最初から自動車業界を選ばないでしょう。
しかし、情報不足などから将来性の乏しい自動車産業に就職してしまい、その選択を後悔して転職を考える人も少なくありません。
自動車業界に終身雇用を前提として在籍している人の多くは、次のいずれかに該当すると考えられます。
1.自らの仕事に満足している
2.家族の事情や周囲のしがらみがあり、転職が難しい
3.転職先を見つけられない
もし不本意な人員削減に直面しながらも、家族の状況や自身の能力の問題で転職が難しい場合、どのような選択肢があるのでしょうか。また、日本政府が社会情勢や高齢化などに伴う環境の変化にどう対応しようとしているのかは、次回の記事で詳しく説明します。
なぜ日本ではメガバンクが人気の就職先なのか?
私はこれまで何度も『日本の銀行には将来性がない』と述べてきました。これは、私が執筆しているnoteの記事だけでなく、経済・金融・貿易に関するフォーラムやカンファレンスでも繰り返し指摘してきたことです。
近年の金融業界では、アナリストやディーラーなどの職種がリストラの対象となり、消滅または大幅に縮小してきました。その背景には、金融テクノロジー(フィンテック)の進化やAI・アルゴリズム取引の普及、業務の自動化といった要因があります。さらに、今後AIがさらに発展することで銀行員の大幅な余剰が予測され、銀行業界の雇用構造そのものが大きく変わる可能性が高まっています。
金融業界におけるアナリストやディーラー職の消滅
かつては金融アナリストやトレーダー(ディーラー)が銀行や証券会社で重要な役割を担っていました。しかし、近年では以下のような理由から、多くのアナリストやディーラーがリストラの対象となっています。
アルゴリズム取引の台頭
高度なAIや機械学習技術を活用したシステムが、市場分析やポートフォリオ管理、取引判断を人間よりも迅速かつ正確に行えるようになりました。現在、株式市場や為替市場では70%以上がアルゴリズムによる自動取引とされ、人間の介在が著しく減少しています。
データ分析の自動化
かつてアナリストが手作業で行っていた企業の財務分析やレポート作成、経済指標の分析などは、AIツールによって自動化が進んでいます。これに伴い、人的コストの削減が加速しています。
業界のリストラの加速
2010年代以降、欧米の投資銀行や証券会社は大規模な人員削減を実施しており、日本の金融機関も追随する形でリストラを進めています。例えば、ゴールドマン・サックスやJPモルガン、三菱UFJ証券などではアナリストやディーラーの削減が進む一方、代替としてデータサイエンティストやAI専門家の採用に力を入れています。
今後の銀行員の余剰とAIの影響
AIのさらなる普及は、銀行業界全体における業務効率化をいっそう促進し、多くの銀行員が余剰人員となると予測されています。具体的には、次のような分野で大きな影響が見込まれます。
リテール業務の自動化
AIチャットボットやロボアドバイザーの普及によって、顧客対応や資産運用のアドバイスの多くが自動化されます。その結果、窓口業務の削減が進み、特に地方銀行を中心に店舗の統廃合が加速し、余剰人員が増えると考えられます。
審査業務の自動化
従来、与信審査や融資判断には多くの行員が関与してきましたが、ビッグデータとAIアルゴリズムの活用により、融資審査の自動化が進んでいます。企業向けだけでなく個人向けローン審査でも同様の動きがあり、業務効率は飛躍的に向上します。
人員削減の加速
三菱UFJ銀行やみずほ銀行、三井住友銀行などのメガバンクは、すでに大量の早期退職プログラムを実施しています。今後はさらなる削減も検討されており、野村證券などの大手証券会社でも海外事業の縮小に伴う国内リストラが進められています。
フィンテック企業との競争激化
送金や決済、投資といった伝統的な銀行業務が、PayPayや楽天銀行、LINE Bankといったフィンテック企業の台頭によって圧迫されつつあります。フィンテック企業はAIを活用しながら少数精鋭で運営しているため、従来型の銀行員の需要はますます減少すると考えられます。
未来の銀行員に求められるスキル
AIの時代において銀行員が生き残るためには、次のようなスキルが重要とされています。
データサイエンスの知識
AIシステムやデータ分析の仕組みを理解し、PythonやRなどのプログラミング言語を扱えるスキルは必須となります。
コンサルティング能力
AIでは補いきれない“顧客の深層ニーズの把握”や“ソリューション提案”ができるコンサルティング力が求められます。
金融リテラシーの高度化
AIを活用した金融商品の設計やリスクマネジメントに強みを持ち、高付加価値を提供できる人材がこれからの金融業界で重宝されます。
これまでの金融業界では、アナリストやディーラーといった職種がAIの普及によって淘汰され、大規模な人員削減が行われてきました。今後、AIのさらなる進化により銀行員の余剰が深刻化することは、ほぼ間違いないと考えられます。
その結果、金融業界は高度な専門性を備えた少数精鋭の人材が活躍する時代へと移行し、従来の終身雇用や年功序列といった考え方はもはや通用しなくなるでしょう。
実際、こうした変化は銀行に入社する前からある程度想定できるはずです。それにもかかわらず、『銀行こそ安定した職場』と誤解して終身雇用を期待し、就職を決めてしまうのは、私が将来性がないと指摘している自動車業界に飛び込むのと同程度にリスクが高い選択であると言えます。
日本とアメリカの銀行業界におけるキャリアアップの違い
ここでは大きく二つに分けて解説します。
1.キャリアアップのプロセスの違い
日本の銀行(終身雇用制を前提)
総合職(新卒:2〜5年)
・法人営業、リテール営業、与信管理、投資業務などに従事
・数年ごとに異動を経験し、幅広い知識を得る
・管理職候補としての育成
主任・係長(5〜10年)
・チームリーダーとして業務管理を担う
・専門スキルを深めるほか、内部・海外研修などを経験
課長・部長(10〜20年)
・部門全体の統括、経営戦略の策定、海外支店のマネジメント
役員(20〜30年)
・グループ全体の経営戦略を担当
特徴
・昇進は年次評価が重視される
・転職は稀で、同じ企業内での昇進が一般的
・昇進スピードは遅く、30代で課長クラスが標準
アメリカの銀行(成果主義&流動的な労働市場)
アメリカの銀行業界では『成果主義』『専門性の重視』『転職を前提としたキャリア形成』が特徴です。
アナリスト(新卒:2〜3年)
・M&A、リスク管理、マーケット分析などの専門業務に従事
・数年で昇進または転職を検討
アソシエイト(3〜5年)
・クライアント対応、案件推進、チームリーダー補佐
・MBA取得や転職によるキャリアアップ
バイスプレジデント(5〜10年)
・顧客関係の強化とリーダーシップの発揮
ディレクター/MD(10〜15年)
・組織の利益目標達成・戦略決定に関与
特徴
・昇進スピードが速く、40代で役員クラスも珍しくない
・転職を通じたキャリアアップが主流
・成果が出せない場合は即解雇されるリスクもある
2. 欧米の銀行とキャリア選択の多様性
欧米では、銀行業務は『金融業界の入門』と位置づけられ、数年後には以下のような分野への転職が一般的です。
プライベートエクイティ(PE): M&Aや成長戦略の実行
ヘッジファンド(HF): 市場分析や資産運用
コーポレートファイナンス: CFO職など企業財務の要職
フィンテック・スタートアップ: 新たな金融技術の開発
このように、欧米の銀行出身者には多様なキャリアアップの道が広がっています。一方で、日本のメガバンクに『終身雇用』や『安定』を期待して就職する人たちの未来は、決して明るいとは言えません。10年後には厳しい現実に直面し、20年後にはメガバンクそのものが消滅していても不思議ではないのです。
それにもかかわらず、日本の銀行を『安定した楽な職業』と誤解する人は依然として多く、その結果、転職の選択肢を狭め、自ら将来のリスクを抱え込んでしまいます。
そして、その時が訪れたとき『それはあなた自身が選んだ道ですよね』と言わざるを得ないのです。
日本のセーフティネットと福祉国家のジレンマ
ところが、日本は非常に恵まれた国で、特定の産業以外に就職先がなく、預金や財産も持たない企業や人々であってもセーフティネット制度を利用できるよう整備されています。近年ではベーシックインカム制度の導入も議論されており、生活保護などの支援策も存在します。
しかしながら、日本は北欧諸国のような福祉国家と比べると、社会的弱者に十分優しいとは言いがたい面もあります。一方、ブルネイやUAEのように政権が安定した資源国を除けば、福祉国家の実現は多くの国にとって持続不可能な政策であり、いずれ破綻することは明らかです。
私の専門領域であるアフリカ諸国には、弱者救済のメカニズムがまったく存在しない地域も多くあります。日本なら簡単に治せる病気や怪我で命を落とす人や、雨が降らず作物が取れないために餓死者が出るのが当たり前、という国も少なくありません。
こうした問題意識のもと、私はこれまで『資本主義の終焉』『民主主義の終焉』、さらには『アナーキズム』に関しても持論を展開してきました。本稿では主に、自動車産業や銀行業界のキャリア構造を事例に、日本が抱える課題と世界との比較を行いましたが、本シリーズの文脈としては『日本経済の持続性』『産業構造の変化』『グローバル競争力』に関する根本的な問いを提起している点にご留意いただければと思います。
つづく…
日本の自動車産業が日本経済を滅ぼす:『ものづくり日本』の幻想が抱える致命的欠陥(5)
武智倫太郎