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劇画『北斗の拳』から考えるアナーキズムとアナーキスト
読者の皆様は『アナーキスト』というと、どのような人を思い浮かべるでしょうか? まるでSMのような恰好をして『ヒャッハー』と叫びながら村人を襲う悪人でしょうか?
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あるいは、紙幣をぶちまけながら『今じゃケツをふく紙にもなりゃしねってのによぉ!』と叫んでいる劇画『北斗の拳』の雑魚キャラや、マッドマックスに登場するモヒカンのような人を想像していませんか?
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これらのキャラクターたちは、終末戦争などの理由によって無政府状態になり、無秩序な世界の暴徒となった人々であり、彼らが無政府主義者やアナーキストであるという意味ではありません。
また、アナーキストというと『どうせ馬鹿な左翼なんでしょう?』といぶかる方も多いかも知れません。ところが、実際にはすべてのアナーキストが左翼であるわけでも、馬鹿であるわけでもないのです。
アナーキズムには多様な流派があり、伝統的には左翼のイデオロギーと結びつくことが多いです。例えば、アナルコ・コミュニズムやアナルコ・シンジカリズムは、社会主義や労働者の権利に重きを置いているため、日本でよく見られる似非左翼とは異なり、本来の意味での思想に基づく左翼思想です。
一方、一部にはアナルコ・キャピタリズムのように市場主義や個人主義を重視する流派もあり、これらは右翼的な側面を持つことがあります。
つまり、アナーキズム全体を左翼や右翼の枠組みで語ることは難しく、アナーキストが特定の政治的スペクトルに収まるわけではないのです。
密かに社会に浸透しつつあるアナーキスティックな社会構造
葛西さんは、道端で拾い食いして発疹が出たのではないかと医師から疑われているようですが、ICTの専門家、いや、DX専門家である葛西さんが2015年頃から、情報インフラやシステムの変化によりアナーキズムが優勢になるのではないかという洞察は、概ね正しかったと思います。
2015年頃の情報技術の発展により、社会システムにアナーキー的な傾向が見られる事象が多数発生しました。しかし、これらは必ずしも完全なアナーキー状態に直結するわけではなく、むしろ中央集権的な秩序や権威に対する挑戦や再編を促すものであったため、理解しにくい側面もありました。これは、システム開発者がアナーキーな社会の実現を意識している場合と、そうでない場合があるため、さらに分かりにくい状況が生まれることもあります。
システム開発の際に、明らかにアナーキーな社会の実現を意識しているケースでは、例えばブロックチェーン技術を利用した分散型自律組織(DAO)のように、従来の中央集権的な意思決定プロセスに挑戦し、権威のない自律的な組織形態を目指す試みがありました。これにより、中央管理のない取引や運営が可能になり、社会的な秩序が変化していく様子が見られました。
一方で、UberやAirbnbなどのシェアリングエコノミーの企業は、必ずしも意識的にアナーキーな方向性を志向しているわけではありませんが、既存の規制や労働市場に無秩序をもたらし、一部では従来の制度が機能しなくなるという結果を引き起こしました。
また、暗号化技術の発展やソーシャルメディアの影響により、個人や団体が中央集権的なメディアの影響を受けずに情報を発信できる環境が整いました。これにより、情報が分散化され、アナーキー的な社会システムの側面が強調されるようになっています。
しかし、情報技術の発展は新しい秩序やルールを作り出すことも多く、社会全体がアナーキーに向かうわけではありません。アナーキー的な影響が見られる場合もありますが、それが無秩序や混乱を引き起こすわけではなく、新たな秩序やシステムが生まれる過程とも言えます。そのため、情報技術による社会の変化は、さまざまな側面から評価する必要があります。
私のように30年以上前に日本政府に危機感を覚えて日本を脱出し、マスメディアを無視している立場から見ると、このような技術基盤が普及したこと自体が、世界中がアナーキー化している証左であり、機が熟した感があります。
要するに、多面的に評価せず、自分の都合の良いシステムだけを活用するという発想です。ビットコインも同様で、あまり調子に乗り過ぎると、さまざまな機関から目をつけられて税金を搾り取られる恐れがあるため、こっそりアナーキー化する集団が、これから増えてくると思います。
ブロックチェーン技術とビットコインの普及
ビットコインやその他の仮想通貨の登場により、中央銀行や政府の制御を受けない金融システムが形成され、従来の金融秩序に挑戦する非中央集権的な取引が普及しました。一部の国や企業がこれを制御しようとする動きも見られました。中国をはじめBRICS諸国では、ブロックチェーン決済システムを構築し、今年から機能し始めているため、ドルが基軸通貨として機能しなくなるのも時間の問題だと思います。国家が発行する現金を信用せず、現物や現物に裏付けされた仮想通貨やデジタル通貨のみを信用するのも、アナーキストの特徴の一つです。
ハッキングとサイバー攻撃の増加
サイバー攻撃が多発し、大規模なハッキング事件が社会秩序や安全保障に対する脅威となりました。特に国家間の緊張を高める要因としても注目されています。
ソーシャルメディアとフェイクニュースの影響
ソーシャルメディアの台頭とフェイクニュースの拡散により、従来のメディアの権威が挑戦され、社会が分断される事態が生じました。情報の無秩序な拡散は、既存の情報統制が及ばないアナーキーな環境を形成しています。
シェアリングエコノミーの急成長
UberやAirbnbといったシェアリングエコノミー企業が急成長し、既存の規制に挑戦しました。これにより、一部では市場の無秩序な状態が発生しました。
ダークウェブの拡大
ダークウェブの利用が拡大し、政府の監視を逃れる違法な取引や議論の場が増加しました。これにより、従来の法と秩序が及ばない領域が広がっています。
クラウドファンディングの普及
クラウドファンディングの台頭により、従来の金融機関を介さない資金調達が可能となり、金融システムの非中央集権化が進みました。
監視技術への反発と暗号化技術の普及
暗号化技術が普及し、個人間の通信が政府や企業の監視を逃れる形でアナーキーな領域に移行しました。
オープンソース運動と分散型組織
オープンソース運動の拡大やDAOの登場により、中央管理を持たない自律的な運営が可能になり、従来の権力構造への挑戦が見られました。
これらの事象はいずれも、中央集権的な権威やシステムに対する挑戦を象徴しており、情報技術によって促進された無秩序や自律性の要素を含んでいます。ただし、完全な無秩序状態ではなく、新たな形式のアナーキーな秩序が形成されつつある過渡期とも言えます。
そもそもアナーキズムとは、完全に政府や軍、警察が不要であると言っているわけではなく、これらの機能を誰がどのように管理するかという問題であり、自治的に管理できるものは自治的に管理するという思想なのです。
啓蒙主義とアナーキズムの関係
18世紀のフランスは、啓蒙思想が大きく台頭した時代で、理性、科学、個人の自由と権利が強調されました。これらの思想はジャーナリズムや出版物を通じて急速に社会に浸透し、ジャーナリストや思想家たちは、新聞やパンフレットを通じて中央集権的な権威に挑戦し、社会的・政治的討論を活発にしました。
フランス革命に向けて、王政や教会の権威に対する反発が強まり、人々は自由、平等、そして個人の権利を求めました。この動きにはアナーキー的な要素が含まれており、既存の社会秩序を揺るがす重要な役割を果たしました。ジャーナリズムはこの運動の中で重要な役割を担い、革命的な思想の拡散に貢献しました。
このように、18世紀フランスのジャーナリズムや啓蒙思想は、現代のアナーキズムのルーツや影響を考えるうえで非常に興味深い事例です。
18世紀のヨーロッパで起こった知的運動である啓蒙主義は、理性、個人の自由、平等、権威への批判を重視しました。これらの価値観は、後の19世紀初頭に起こったアナーキズムの基礎となる思想のいくつかと重なっています。
アナーキズムは、国家や政府のような権威的な組織の必要性を否定し、個人の自由や自主性を追求する思想です。この点で、啓蒙主義が提唱した『人間は理性的であり、自己統治が可能である』という考え方は、アナーキズムにも強い影響を与えました。特に、啓蒙思想家たちが提唱した自由や平等の理念が、アナーキストたちの理想の社会像に影響を与えています。
個人の理性と自由
啓蒙主義は、個人が理性的に行動し、自らの運命を決定する能力を持つという考え方を支持しました。アナーキズムも、個人が外部の権威から自由であるべきだという信念を持ち、中央集権的な権力構造を批判します。
権威への批判
啓蒙主義の思想家たちは、王権神授説や教会権力などの伝統的な権威を批判し、理性に基づく統治を求めました。同様に、アナーキストたちも政府や教会、企業といった権威を拒絶し、権力の集中に反対します。
社会契約論の否定
啓蒙主義では、特にルソーの社会契約論が大きな影響を持ちましたが、アナーキズムの一部の流派はこの社会契約論を批判しています。彼らは、社会契約が実際には強制されているものであり、真の自由は契約の外にあると考えています。
しかし、両者には相違点もあります。啓蒙主義は必ずしも政府や国家の廃止を主張していたわけではなく、むしろ合理的な統治によって社会をより良く管理しようとする側面が強かったです。一方で、アナーキズムは国家そのものの存在を否定し、個人の自由を最大化しようとするため、啓蒙主義とは異なるアプローチを取っています。
一旦まとめると、アナーキズムは啓蒙主義の自由や平等に関する思想に触発されつつも、より徹底した権威否定の立場をとっているため、両者には共通点もあれば違いもあると言えます。
サロンと啓蒙主義
サロンと啓蒙主義は密接な関係を持ち、18世紀フランスにおける思想と文化の発展に大きく寄与しました。サロンは、特に上流階級や知識人の家庭で開催された社交的な集まりであり、文学、哲学、科学についての議論が行われる場でした。
啓蒙主義は、理性や科学、個人の自由と権利を重視し、従来の権威や宗教的教義に対する批判を行う思想運動でした。ヴォルテール、ディドロ、ルソーといった哲学者たちはサロンを通じてその思想を広め、サロンは啓蒙思想の発信源となりました。時には政府や教会に対する批判的な議論が行われ、サロンは権威に挑戦する場としても機能しました。
さらに、サロンは階級やジェンダーを超えた思想交流の場でもありました。教育を受けた女性たちが積極的に知識人を招き、議論を促進することで、男性中心だった知識人社会にも影響を与えました。新しいアイデアは出版物や書籍にまとめられる前にサロンで議論され、その場で発展していきました。
要するに、サロンは啓蒙主義が広がるための重要な知的・社交的プラットフォームであり、18世紀フランスの政治や社会に大きな影響を与えました。この背景を考慮すれば、noteもまた、アナーキズム的なムーブメントを促進するプラットフォームとして機能する可能性があると言えます。
大谷義則さんが立ち上げた共同運営マガジンの目標である『将来的には、まるで街づくりのように、自分がいなくても回っていけるコミュニティを目指しています』というビジョンは、サロン的な性質を持っていると思います。
サロンの主催者は『サロニエール』と呼ばれ、主に女性がその役割を担いました。彼女たちは、現代の情報発信者やメディアのオーガナイザーに似ていますが、直接的な情報発信を行うのではなく、知識や文化を促進する『場の提供者』として、以下のような役割が強調されていました。
議論の促進者
サロニエールは、単に情報を発信するだけでなく、参加者同士の自発的で自由な議論を促進する役割を担っていました。特定のテーマを設定し、重要な人物同士の交流を促すことで、知識やアイデアの交換が活性化しました。この点で、自立的な議論を促進する存在として機能していました。
サロンは社会的・文化的なネットワークの場であり、サロニエールはその中心人物でした。彼女たちは知識人や文化人との強いコネクションを持ち、その影響力を活かして人々を集め、時には政府や教会の権威に挑むようなテーマを扱うこともありました。参加者たちはこの場で自由に意見を表明できました。
中立的な進行役
サロニエールは、議論を整え、参加者たちが意見を交わし合う場を作り上げる中立的な進行役を担いました。彼女たちは議論を主導することは少なく、むしろ円滑な意見交換を促進することに尽力しました。
知的な趣味や教養
サロニエールは高い教養を持っており、時には自らも哲学や文学に通じていました。そのため、単なるホスト役にとどまらず、知識のある参加者として議論に深みを与えることもありました。
18世紀に戻ると、フランスは思想や社会構造が大きく変革した時期で、この時期の新聞や出版物は『ジュルナール』と呼ばれていました。
『ジュルナール(journal)』と『ジャーナル(journal)』は、どちらもラテン語の『diurnalis(デイリー)』に由来し、『日』を意味する『dies』から派生した言葉です。フランス語の『journal』は『日刊のもの』『新聞』『雑誌』を意味し、英語の『journal』も同様に『新聞』『雑誌』や『日記』を指す言葉として使われています。もともとは、日々の記録や報告を行うという意味合いが強く、18世紀フランスの『ジュルナール』は、特に新聞や出版物を指し、社会的・政治的討論の場でも大きな影響力を持ちました。
このような観点からは、noteはジュルナールに近い性質を持っており、さらにサロンの概念を考慮すれば、noteはサロンのように知的討論の場としても機能しやすいプラットフォームであると言えます。
武智倫太郎