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サイバーパンク・アニメから考察する孫正義のASI発言の問題点(2)
前回の『孫正義のASI発言』に関する記事が予想以上に好評で、多くのコメントをいただきました。そのため、今回はコメント欄では収まりきらない内容を、続編として記事にまとめることにしました。
孫正義をビジネスマンとして評価する際、彼を『実業家』と見るか、『虚業家』と見るかで、その印象や評価は大きく変わります。日本では彼のことを『実業家』『投資家』『資本家』と称することが多いですが、私は彼を『虚業家』として位置づけています。
『虚業』という言葉に対して、インチキコンサルタントのような怪しい商売を連想する人も少なくありません。しかし、ここでいう虚業家とは、銀行や証券、ファンドなど、製品やサービスの提供が伴う実業を行わずに、自己資金や預かった資金を運用する人や企業を指します。
孫正義を情報通信産業の実業家と見なすこともできますが、実際には彼の事業の中心は、自社製品の開発や独自サービスの提供ではありません。むしろ、情報通信産業への投資や買収、さらにはiPhoneのような売れ筋商品の販売代理業務が主軸となっています。確かに電波基地局への投資も行っていますが、ソフトバンクはNTTのインフラを借用する一方で、自社の通信インフラも構築しており、これらは両立しています。
孫正義氏を『虚業家』と断じるのはやや極端かも知れません。しかし、事業規模や収益性を考慮すると、近年では『虚業家』としての側面が一層際立っています。ソフトバンクが直面している状況は、銀行や証券などの虚業が他の虚業との取引を失えば破綻に至る構造と類似しており、この点から虚業家としての本質が理解しやすいと言えるでしょう。
銀行間取引においては、BIS規定に基づく自己資本比率の条件を満たしていれば特段の問題は生じません。しかし、与信に問題が発生すれば、通常よりも高いリスクプレミアム金利を負担せざるを得なくなります。このリスクプレミアムが膨張すると、経営は悪化のスパイラルに陥り、最終的には破綻に至るケースが少なくありません。これが、虚業に内在する構造的な脆弱性を象徴しています。
日本を代表する実業としてトヨタ自動車を挙げることができます。トヨタのように多額の内部留保を保有する企業では、銀行の役割は決済業務の補助や節税目的の借入にとどまることが多いです。このため、『トヨタ自動車はトヨタ銀行を所有する方が有利だ』という意見が長年支持されてきました。この特徴は、トヨタが無借金経営を基盤に安定した実業を営んでいることを如実に物語っています。
一方で、国内外の銀行から高利な融資や社債の引き受けを断られた孫正義氏は、ソフトバンク・ビジョン・ファンドを設立し、高い配当利回りを期待する海外投資家からリスクマネーを集めました。しかし、この試みは大きな失敗に終わり、現在ではファンドが自転車操業状態に陥っていると言えるでしょう。
孫正義の虚業における失敗の歴史には、北尾吉孝とのSBIでの決裂や、あおぞら銀行の買収失敗など、数えきれないほどの例があります。彼が生涯をかけて構築しようとしていた事業モデルは、低金利で調達した資金をブームになっている事業に投資し、インカムゲインとキャピタルゲインを再投資して規模を拡大するというものでした。このビジネスモデルは不動産ファンドにも共通しますが、破綻するまで拡大し続けなければならない『破綻のゲーム』とも言い換えられます。
この点については、ネズミ講が禁止されている理由を考えると分かりやすいでしょう。ネズミ講は参加者が次々に新しい参加者を勧誘し、そこから得られる資金を上位の参加者に分配する仕組みですが、このモデルは必然的に『飽和点』に達します。新規参加者を無限に増やすことは不可能であり、いずれ構造的に資金の流入が止まり破綻に至ります。同様に孫正義の事業モデルも、持続可能性を欠いた拡大を前提としているため、最終的には破綻するまでやめることができない構造なのです。
孫正義の失敗の歴史
私は日本経済が衰退している最大の理由は、失敗を恐れて何も行動せずに停滞を選ぶ人が増えている点にあると考えています。この背景には、中国やインドの急成長に伴う日本の産業力の相対的低下もあります。しかし、これらの国の成長をターゲットとして新たなビジネスを生み出すことは十分可能であり、他国の成長が必然的に自国の産業崩壊を招くわけではありません。
そのため、以下に述べる孫正義の数々の失敗は、彼を非難するためではありません。むしろ、如何に多くの失敗を重ねようとも、何も行動せずに停滞を選ぶ人々よりは、はるかに挑戦的で意義のある精神を持っていると評価すべきだと考えます。
孫正義の暴走を止める必要性
2023年のSBG(ソフトバンクグループ)の株主総会では、同社の宮川潤一社長が独自の生成AI開発に向けた構想を発表しました。その一環として、スーパーコンピューターに約100億円を投資し『富岳』の2倍の計算能力を持つシステムを開発する計画が示されました。当初、経済産業省の補助金額は33億円程度とされていましたが、株主総会の10日後には66億円に増加しました。その数か月後には、当初予定されていた33億円が13倍の421億円に膨れ上がっています。
つまり、SBGも孫正義も、株主総会で発言した金額の100億円が、翌年の株主総会を待たずに、その15倍の1500億円に増額しているのです。言い換えれば、孫正義が株主総会で述べていることには何の蓋然性もないことが、このようなどんぶり勘定からも明らかになります。
これはファンドの投機ではなく設備投資額です。それにもかかわらず、どのような設備で、どのようなシステムを開発するかといった基本的な目標すら定めず、公的資金を使いながらAGIやASIの適当な開発目標や性能目標を断言しているのが孫正義なのです。この調子では、来年の株主総会では1500億円が3兆円、その翌年には30兆円と言い出しかねないのが孫正義であり、彼は既に10兆円という根拠のない数字を述べています。
孫正義の失敗の実態
ソフトバンクおよび孫正義氏の経営判断における失敗や評価の低い事業のいくつかを挙げ、それらの原因を分析します。これらは彼の経営ミスや公約違反のほんの一部に過ぎません。その数は膨大であり、彼の手法には特有のパターンが見られます。
毎年繰り返される大言壮語と株主総会のミスディレクション
孫正義氏は毎年の定例株主総会前に、モンゴルのソーラー発電に何兆円、インドやサウジアラビアに何兆円といった大規模な投資計画を発表します。しかし、これらの発言は実現可能性が低く、株主総会での議論をミスディレクションするための手段とされています。その年の流行に合わせたテーマを掲げることが多く、例えば、モンゴルのソーラー発電で生み出した電力を日本に送電するという非現実的な計画を持ち出し、株主から5兆3000億円の損失責任を問われても、『2兆や3兆は誤差の範囲』といった発言で質問をかわします。そして話題をASI(汎用人工知能)のような別のテーマにすり替えるのです。
自ら語る『ほら吹き』の哲学
『ほら吹き』という言葉は批判的な表現に聞こえますが、これは孫正義氏自身が自らを表現する際に用いています。彼は次のように語っています。
孫正義@masason
ほら吹きと嘘つきは、似て非なるものである。常人では信じられない程の夢や志を語り、万が一達成出来ない時それは、ほら吹き。しかし、そこには夢や志がある。明るい願望がある。現実を見れない阿呆かもしれないが、前身の可能性がある。
午前0:14 · 2010年12月17日
ほら吹きと嘘つきは、似て非なるものである。常人では信じられない程の夢や志を語り、万が一達成出来ない時それは、ほら吹き。しかし、そこには夢や志がある。明るい願望がある。現実を見れない阿呆かもしれないが、前身の可能性がある。
— 孫正義 (@masason) December 16, 2010
このように、孫正義氏の経営スタイルには『壮大な夢』と『ほら吹き』が共存しています。その結果として多くの失敗や未達の公約が生まれる一方で、わずかな成功例が過大評価される傾向にあります。
放置された再生可能エネルギー事業
孫正義の失敗はソーラー発電だけにとどまりません。バイオマス発電でも同様に、SBエナジーを通じて取得した発電用地が放置されるケースが多数見られます。不動産ブローカーの業界では『千三つ』という言葉が使われ、千の投資話があっても契約に至るのはわずか0.3%程度という現実を反映しています。同様に、孫正義氏の『成功談』として語られるものは、この0.3%の成功例と、株主総会や資金調達を目的とした『ほら話』に過ぎないことが多いのです。
孫正義『2兆や3兆は誤差』発言に株主の憤り
WeWork投資と上場失敗
内容:ソフトバンクは約100億ドル以上をWeWorkに投資しましたが、WeWorkのIPOは大失敗に終わり、評価額は大幅に下落しました。
失敗原因
過剰評価:孫正義はWeWorkを単なる不動産会社ではなくテクノロジー企業として評価しましたが、実態は収益性に乏しい不動産モデルでした。
ガバナンスの問題:CEOアダム・ニューマンの経営方針に問題があり、ソフトバンク側が十分な監視を行えていなかった。
市場の反発:上場申請時の財務状況が市場から厳しく批判され、企業価値の乖離が明らかになった。
ARM買収後の売却
内容:2016年に約320億ドルで買収した半導体設計企業ARMを、2020年にNVIDIAへの売却を決めましたが、規制当局の反発で頓挫し、2023年にはIPOを選択しました。
失敗原因
戦略の一貫性欠如:ARM買収時はIoTの成長を見込んでいたが、その後短期的なキャッシュフロー重視に方向転換。
売却計画の過信:規制当局の承認が得られない可能性を過小評価。
スプリント買収と合併
内容:2013年にスプリントを買収したものの、米国市場での競争力不足で長期間赤字を計上。最終的にはT-Mobileとの合併で救済される形となった。
失敗原因
市場理解不足:米国通信市場の激しい競争やスプリントの財務問題を十分に見通せなかった。
技術投資の遅れ:インフラ改善に必要な投資が遅れ、競争優位性を確保できず。
OYOへの投資
内容:インドのホテルチェーンOYOに10億ドル以上投資したが、収益モデルが安定せず、多くの市場で撤退や事業縮小。
失敗原因
成長性の過剰評価:新興市場での急拡大を過信し、収益性や持続可能性を十分検討していなかった。
オペレーション問題:パートナーとの関係悪化や現場管理の不備。
Vision Fundの損失
内容:Vision Fundは多数のスタートアップに巨額投資を行ったが、多くが期待ほど成長せず評価額が減少。
失敗原因
ハイリスク投資の集中:収益性に乏しい企業への過剰投資が損失を招いた。
市場環境の変化:テクノロジー業界全体の評価調整時期と重なり、影響を受けた。
管理体制の不備:投資先企業のガバナンスや進捗監視が不十分。
ペッパー(Pepper)の失敗
内容:人型ロボット『ペッパー』の商業・家庭向け展開に失敗し、販売不振で事業縮小。
失敗原因
市場ニーズの誤認:消費者ニーズを過剰評価し、実用性に乏しかった。
技術的限界:AIや動作が限定的で、競合他社に対抗する力が不足。
全体の共通点
過剰な楽観主義:孫正義の『10倍リターン』投資哲学が現実とのギャップを生み出すことが多い。
ガバナンス問題:投資先企業の管理・監視体制が不十分。
市場環境変化への脆弱性:世界経済や市場の急変に適応できず。
リスク管理の欠如:高リスク・高リターン志向がリスク分散を阻害。
つまり、孫正義の事業は成功例よりも失敗例が多く、多額の借金やファンドの資金規模が増大しているのが実態です。しかし、多くの日本人がこの現実を正確に把握できていないのです。
この認識のずれが生じる背景には、日本のマスメディアが成功例を取り上げることが多く、失敗や課題に関する報道が限定的である点が挙げられます。さらに、SBGのIR情報や株主総会の中継を詳細に確認する人は少なく、特に中断された事業については説明が不足していることも、誤解を助長しています。
これらの要因が重なり、孫正義氏およびソフトバンクグループに対する現実認識が歪んでいるのです。
武智倫太郎