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日産に学ぶ病理学:日産経営危機から得られる教訓(7)

 私がこれまで書いてきた日産関連の記事を読んで、私が単に日産自動車を嫌っているだけだと誤解している読者がいるかも知れません。しかし、私は日産が嫌いなわけではなく、単に日産の現状を『日産病』として人間の病気に例えるならば、末期癌のような状態にあるという事実を指摘しているに過ぎません。

『日産が消滅する』という可能性を挙げるだけで、『まさかそんなことがあり得るはずがない』と思い込む人が多いことには驚かされます。さらにショッキングな現実を指摘するなら、トヨタ自動車でさえ、10~20年後には消滅していても不思議ではありません。つまり、日本の自動車産業だけでなく、工業力や国際競争力そのものがすでに喪失しつつあり、『加工貿易国』という日本の伝統的な産業構造そのものが崩壊しつつあるのです。

 日本では、トヨタのハイブリッド技術を絶賛する意見が多く見られます。しかし、この技術選択は、今後数年間に限れば正しいとしても、中長期的には大失敗に終わる可能性が高いと考えられます。さらに、日産とホンダの経営統合の議論などは実現性のない泡沫に過ぎず、トヨタ自動車でさえ、10~20年以内に閉業に追い込まれる可能性があるのです。

 私と同じような視点を持つ人は非常に少ないのですが、似た主張をしている人物を見つけました。それが古賀茂明氏です。私は海外生活が長かったため、彼の名前を知りませんでしたし、日本でどれほど有名な人物なのかも分かりません。

 ちなみに、私はロバート秋山氏のことも知らなかったくらいなので、皆さんは古賀氏のことをご存じかも知れませんが、以下に古賀茂明氏の経歴と見解を紹介します。

 古賀茂明氏は、日産消滅危機が危ぶまれていた1999年の3年前、1996年に通商産業省(現在の経済産業省)産業政策局産業組織課長を務めていた人物です。この産業政策局は、通商産業省が経済産業省に改組された後も継続して存在する部局であり、日本の国際産業競争力を最も熟知している部門です。

 つまり、日本の国際産業競争力に精通している古賀茂明氏の自動車業界に対する見解は、私の考えとほぼ一致しています。彼の具体的な意見は以下の通りです。

『日本の自動車メーカーは、1周どころか2周、3周遅れている。トヨタでさえ、単独での生き残りは困難。それが現在の自動車市場の構造変化のスケールの大きさを物語っている。日産とホンダの経営統合など、そうした大きな流れの中では、ほとんど無視できる泡沫に過ぎない。それが成功するか失敗するかという問いを立てていること自体が滑稽でしかないのかもしれない。』

日産とホンダの経営統合で暗躍する『経済産業省』 “負け組”同士を統合させて時間稼ぎをするだけの愚策 古賀茂明

 古賀茂明氏は2011年に経済産業省を依願退職しており、現在69歳です。そのため、最新の自動車業界の動向を完全に把握しているかどうかには疑問が残るかもしれません。しかし、彼が主張している『トヨタでさえもはやEV・SDV・自動運転・車載電池の世界では中国に頼るしかない現状。日産・ホンダの負け組連合を支援しても意味はない。いつもの失敗パターンにはまっている』という指摘について検証したところ、その内容はすべて正確であることが確認できました。日本にもかつては優れた官僚が存在していたのです。

日本の自動車業界の致命的な失策:SDV開発の遅れ

 日本の自動車業界が直面している最大の問題の一つは、SDV(ソフトウエア定義車両)の開発コンセプトにおける大幅な遅れです。国内では、主にプログラミングスキルを持つSDV開発技術者が1万人単位で不足している状況にあります。

 私はシニアクラスのSDV開発者の報酬が1億円以上になると予測し、SDV開発に特化したレジュメを基に報酬額を比較してみました。

日産自動車の人材募集
 日産自動車株式会社では、『コネクテッドカーの技術戦略策定エンジニア』として日産先進技術開発センターが月給230,000円~439,000円で募集を行っています。月給230,000円は、都心のコンビニエンスストアで1日8時間、月20日勤務した場合の収入とほぼ同程度であり、高校生のアルバイト並みと言っても過言ではありません。これが、日産の社運を賭けたSDV開発の中枢部の賃金実態なのです。

トヨタ自動車との比較
 トヨタ自動車の関連会社であるToyota Connectedのエンジニアの推定年収は87,000ドルから140,000ドル(約1,300万円~2,100万円)とされています。この金額は日本の報酬体系としてはやや高めに見えるかも知れませんが、国際基準と比べると依然として低い水準です。

GAFAMとの比較
 さらに、同じSDV関連の職種をGAFAM(Google、Amazon、Facebook、Apple、Microsoft)が提示する報酬額と比較すると、その差は圧倒的です。

Google:約660,000ドル(約9,600万円)
Amazon:約674,000ドル(約9,800万円)
Meta:約655,000ドル(約9,500万円)
Apple:約586,000ドル(約8,500万円)
Microsoft:約586,000ドル(約8,500万円)

 私の経歴であれば、上記のチームを統括する役職に就く可能性が高く、GAFAMから提示される年俸や着手金は、日産の生涯年収を大幅に上回る水準になるはずです。このような環境で、果たして誰が日産やトヨタで働きたいと思うでしょうか。1万人規模の人材不足に陥るのは、むしろ必然と言えます。

 人材がいなければ、国際競争力を高めることは不可能です。現在の日本の自動車業界は、報酬の低さや開発スピードの遅れが致命的な足かせとなり、国際競争の中で苦戦を強いられています。その一方で、日産を救済合併するような些末な問題に経営陣が無駄な時間を費やしている間に、日本の自動車業界全体の国際競争力が失われているのです。まさに日本の癌が日産なのです。

武智倫太郎

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