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イスラム金融とSWF(ソブリン・ウェルス・ファンド:政府系ファンド)入門(1)

 以下の記事では、私の専門分野や地域に関する知見について説明しましたが、多くの方にとっては馴染みのない世界かも知れません。

 これは日本に限った話ではありませんが、多くの方は一度就いた職業を一生続ける傾向にあります。例えば、医師や弁護士などの専門職では、中学生の頃から医学部や法学部への進学を目指し、合格後に国家資格を取得して就職すると、その後に頻繁に転職することはほとんどありません。このような傾向は、公務員、銀行員、農業・漁業、流通業、サービス業、製造業など多くの分野でも同様です。そのため、複数の専門領域を持つこと自体が理解しにくいと感じる人も少なくありません。

 一方、政治家の場合は、農林水産大臣、国土交通大臣、経済産業大臣、厚生労働大臣、防衛大臣、財務大臣など、複数の大臣職を歴任した後に総理大臣となることも珍しくありません。総理大臣は国家の代表であるため、『この分野は知りませんでした』では通用しない立場です。

 政治家がさまざまな分野を専門としているのと同様に、私がイスラム金融の専門家であることを『金融庁の部会の一つをかじっている程度』と捉えると、よりイメージし易いかも知れません。

日本のイスラム金融ブーム

 イスラム金融の概念は、イスラム教の聖典コーランに基づくものであり、その歴史はイスラム教の歴史と同じくらい長いとされています。しかし、イスラム銀行の歴史として見る場合は、1950年にパキスタンで設立されたイスラム銀行が、銀行業務や証券業務を学ぶ人々にとって認識できる『イスラム銀行の起源』であり、イスラム金融史の始まりと位置づけられています。

 日本では2007年頃、イスラム金融について知る人は殆どいませんでした。そこで、私が国際ビジネスや金融の専門誌でイスラム金融の概念を紹介し、その後、日本におけるイスラム金融ブームを牽引しました。

 また近年、東京都や埼玉県などの商店街でハラール食品専門店やハラールレストランが急増していますが、日本で初めてイスラム教徒の食事規則である『ハラール』の概念や認証制度を紹介したのも私です。

 今回はイスラム金融の専門家として、『イスラム金融とは何か』について解説していきます。この概念を理解すれば、私が以下の記事で指摘している孫正義の失言が、サウジアラビアだけでなく世界中のイスラム金融の視点からも問題視され、孫正義だけでなくサウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマーン皇太子までもが、シャリーア・コンプライアンス違反に問われる可能性がある深刻な事態であるという意味がお分かりいただけるでしょう。

イスラム金融の基礎の基礎

 金融の世界には、西洋型の伝統的な金融システムとは異なる『イスラム金融(Islamic Finance)』という独自の枠組みがあります。これは、イスラム法(シャリーア)に基づいた金融システムであり、利子の禁止、不確実性の排除、倫理的な投資の推奨など、従来の金融とは異なる原則を持ちます。

 それでは具体的に、イスラム金融と欧米や日本の金融にどのような違いがあるのか、その仕組みや特徴をご紹介します。

① 利子(Riba)の禁止:お金を貸して儲けることは禁止

 イスラム金融の最も重要な原則の一つが、利子(Riba)の禁止です。
 イスラム法では、お金を貸して利息を取ることが禁じられています。そのため、銀行は通常のローンのように『元本+利息』を請求できません。では、銀行はどのように利益を得るのでしょうか?

 例えば、イスラム型の住宅ローンでは『銀行が家を購入し、顧客に分割払いで販売する(マラブハ方式)』という手法が取られます。これは単なる融資ではなく、資産の売買に基づいた取引であり、シャリーアのルールに適合しています。

② 過度なリスク(Gharar)の排除:ギャンブル的な取引は禁止

 イスラム金融では、不確実性や投機的な取引(Gharar)を避けることが求められます。そのため、デリバティブ(先物・オプション取引)やギャンブルに近い投資は基本的に認められていません。これは『お金が実体のないリスクだけで動くのではなく、実物経済と結びついているべきだ』という考えに基づくものです。

 従来の金融では『価格が上がるか下がるかを予想して利益を得る』投資商品が多く存在しますが、イスラム金融ではこのような投機的手法は認められません。その代わりに、企業の事業や資産に裏付けられた投資が行われます。

③ 倫理的な投資:ハラーム(禁止業種)を避ける

 もう一つの大きな特徴として『投資対象の選別』が挙げられます。
 イスラム金融では『ハラーム(Haram:禁止されているもの)』に関連する産業への投資が禁止されています。具体的には、以下のような業界は投資対象外となります。

・アルコール(酒造会社など)
・豚肉産業(食品メーカー)
・ギャンブル・カジノ
・ポルノ
・武器産業
・伝統的な銀行や保険会社(利子を扱うため)

 投資信託や株式投資においても、これらの基準に適合する企業を厳選し、『シャリーア適合投資』として提供されます。

④ イスラム債(スクーク):従来の債券との違い

 通常の債券は、政府や企業が投資家からお金を借り、一定の利子を支払う形で運用されます。しかしイスラム金融では利子が禁止されているため、『スクーク(Sukuk)』という仕組みが採用されます。

 スクークは『実物資産に裏付けられた証券』であり、たとえば政府が不動産やインフラプロジェクトを所有し、その収益を投資家に分配する形で運営されます。これは単なる借金ではなく、『資産を共有するビジネスモデル』といえるでしょう。

⑤ イスラム保険(タカフル):相互扶助の仕組み

 一般的な保険とは異なり、イスラム金融には『タカフル(Takaful)』という相互扶助型の保険があります。

 通常の保険では、保険会社がリスクを引き受け、契約者から保険料を集めます。しかし、タカフルでは参加者が共同で資金を出し合い、助け合う仕組みです。余剰資金は参加者に還元されるため、営利目的の従来の保険とは異なる点が特徴です。

⑥ イスラム金融のメリットと課題

メリット
金融の安定性が高い:過度な投機を排除し、実体経済と密接に結びついているため、金融危機の影響を受けにくい。リーマンショック後、イスラム金融は大きなダメージを受けなかったことからも、その安定性と手堅さが証明されています。

倫理的な投資:環境や社会に配慮した投資が基本であり、持続可能な金融モデルといえる。近年、欧米や日本の金融機関が『ESG投資』として注目している考え方は、イスラム金融の世界では昔から常識でした。

社会貢献が組み込まれている:イスラム金融機関は、利益の一部を『ザカート(喜捨)』として寄付し、貧困層支援を行うことが求められます。欧米や日本の金融機関や企業がCSRを定義して取り組むより以前から、イスラム金融では社会的責任が仕組みの中に組み込まれてきました。

課題
利子がないため、資金調達の仕組みが複雑:通常の銀行よりも金融商品の設計に時間とコストがかかる。

イスラム金融の専門家(シャリーア学者)の監査が必要:すべての取引がシャリーアの基準を満たしているか確認しなければならない。

普及が限定的:イスラム圏以外では、まだ十分に発展していない。

⑦ イスラム金融の世界的な広がり

 現在、イスラム金融の市場規模は約3兆ドル(2023年時点)とされており、特に以下の国々で急成長を遂げています。

・マレーシア(世界最大のイスラム債市場)
・サウジアラビア(イスラム金融の中心地)
・アラブ首長国連邦(UAE:ドバイが金融ハブ)
・カタール
・イラン

 欧米諸国でも、英国やフランス、ドイツがイスラム金融を導入し始めており、イスラム債(Sukuk)の発行やイスラム銀行の設立が進んでいます。

⑧ まとめ

 イスラム金融は『倫理的・持続可能・実体経済との結びつき』を重視した独自の金融システムであり、従来の金融とは大きく異なります。利子を禁止し、実物資産に基づいた投資を行い、社会的な貢献を前提とするなど、その特徴は多岐にわたります。

 現在、イスラム金融は世界的に注目を集めており、今後さらなる発展が期待されます。従来の金融とどのように共存していくのかが焦点となるなか、欧米や日本の銀行システムが健全な姿として目指そうとしている究極系こそイスラム金融であると考えると、その先進性と普遍性がより理解し易いでしょう。

武智倫太郎

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