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紙資源化計画2050:経産省が描いた幻想

 読者の皆さんはアーサー・C・クラークの小説『2001年宇宙の旅』には、『2010年宇宙の旅』、『2061年宇宙の旅』、『3001年終局への旅』という続編があるのをご存じでしょうか?

『2001年宇宙の旅』はスタンリー・キューブリックが映画化し、映画史に残る名作として極めて有名です。ところが、1984年にピーター・ハイアムズ監督がメガホンを取って映画化した『2010年宇宙の旅』は、驚くほどの駄作でした。そのため、その後の『2061年宇宙の旅』や『3001年終局への旅』は、映画化されませんでした。原作がいかに優れていても、監督次第では良い映画にはならないことを、このドラゴンボールのハリウッド実写版である『Dragonball Evolution』に匹敵する駄作の『2010年宇宙の旅』が証明してしまったのです。

 ところで、SFの世界では『宇宙の旅シリーズ』以外にも『ブレードランナー』の続編『ブレードランナー 2049』のように、タイトルに年代を追加して続編を作ることがあります。

 環境分野では2050年を目標にさまざまな課題の解決が掲げられています。今回の『紙資源化計画2050』は、『紙資源化計画2042:経産省が描いた幻想』の続編にあたります。『紙資源化計画2042』は、ジョージ・オーウェルが1948年に未来を予測して書いた『1984年』と同様に、最後の二桁を逆にしたタイトルです。私は『2024年』にこの作品を書いたので、オーウェルの手法に倣い、最後の二桁を入れ替えて『紙資源化計画2042』と名付けました。気づかなかった方のために、ここで作者自ら解説してみました。

 この作品は日本の環境政策の愚策を風刺した短編小説ですが、バイオマスプラスチックの研究をされているu-kunさんから以下の興味深いコメントをいただきました。

一、バイオマスプラスチックの利用はCO2削減の費用対効果が小さすぎると考えています。例え、全てのプラスチックをバイオマス化したとしても、削減できるCO2量は全排出量の数%程度であるのに、フォーカスしすぎではと感じざるを得ません。

【回答】私の感覚では、産業ごとのCO2排出量は、ざっくりと以下のように分けられます。

発電・電力部門:約40%
鉄鋼産業・セメントなどの重工業:約20%
交通・輸送部門:約15%
農業・森林伐採・土地利用:約15%
化学産業:約10%(プラスチック製造の割合は、その半分の5%以下)

 つまり、全てのプラスチックをバイオマス原料で製造しても、削減効果は5%以下に留まるでしょう。しかも、石油からプラスチック原料を製造する場合、石油産業の排熱が有効活用されるのに対し、バイオプラスチックでは新たなエネルギーを投入する必要があります。LCA(ライフサイクルアセスメント)評価を行うと、『あれっ、CO2増えてない?っていうか増えてるよね!』や、『投入エネルギーも増えてなくなくない?』という状況が頻発します。これは『環境ビジネスあるある』的な現象です。

カーボンニュートラルで環境にやさしいプラスチックを目指して(前編)

 さらに問題なのは、バイオプラスチックの原料を生産するための農林業が排出するGHGや、食糧競合問題を考慮すると、バイオプラスチックは全く意味がないどころか、むしろ環境負荷を増大させる可能性があることです。この点については、ElsevierやSpringerなどの環境関連誌での論争が必要だと思います。

二、海洋プラスチックごみ削減に関しても、生分解性プラの現実的な使用用途は漁網などごく一部に限られそうです。

【回答】まずは、用途以前に生分解性プラスチックが環境悪化を招く可能性について、検討してみましょう。

1.不完全な分解

 生分解性プラスチックは、特定の条件下でのみ完全に分解します。たとえば、強い紫外線、特定の温度、湿度、微生物の存在が必要です。しかし、海洋環境ではこれらの条件が揃わないため、分解が不完全に終わることが多く、その結果、マイクロプラスチックとして残るリスクがあります。特に、波長が短い紫外線は海中にはほとんど届かないため、紫外線が必要な生分解性プラスチックが分解が進まないことは、実験するまでもなく明らかです。

2.分解に伴う温室効果ガスの発生

 生分解性プラスチックが土中で分解する過程で、二酸化炭素に加えて、温暖化係数がさらに高いメタンなどの温室効果ガスが放出される可能性があります。特に酸素がない環境での嫌気性分解が問題です。メタンは二酸化炭素よりも強力な温室効果を持つため、気候変動の悪化に寄与する可能性があります。

 一般的にはGHG(温室効果ガス)による地球温暖化が支持されていますが、私はGHGによる温暖化説を支持していません。確実に温暖化に影響を与えるのは湿度の上昇であり、特に原発から排出される水蒸気が気候変動に与えるインパクトの方が大きいと考えています。また、地球温暖化と気候変動は異なる概念であり、気候は人間の影響を受けずとも自然に変動するものだと認識しています。

3.特定の分解条件の必要性

 生分解性プラスチックは、産業用コンポスト施設や高温環境でないと分解が進まないため、一般的な環境では通常のプラスチックと同様に長期間残留することが懸念されます。

4.原料生産に伴う環境負荷

 バイオマス原料の生産には大量の水や土地資源が必要で、特に農業や森林伐採が進めば、GHGの排出や生態系への影響が深刻化する可能性があります。

5.リサイクル効率の低下

 生分解性プラスチックは、従来のプラスチックと混合されるとリサイクルの効率が下がり、分別が難しくなることで、リサイクルシステム全体が機能不全に陥る可能性があります。

6.食糧競合問題

 多くの生分解性プラスチックは、トウモロコシやサトウキビを原料とするため、食糧生産と競合し、農地利用の増加や食糧価格の上昇を引き起こす可能性があります。食糧競合は、土地利用にとどまらず、農業用水や肥料原料といった資源の使用にも影響を与えるため、さまざまな角度からの競合が発生します。

 実際に、アメリカではバイオエタノールの生産が、トウモロコシを原料とすることで食糧競合を引き起こしました。アメリカは世界最大のバイオエタノール生産国で、トウモロコシの多くが燃料用エタノールの製造に使用されています。これにより、トウモロコシの需要が急増し、食糧価格の高騰を招く一因となりました。特に、2008年の食糧危機では、バイオエタノール生産による穀物の使用が、世界的な食糧価格の上昇に影響を与えたと指摘されています。また、食糧生産とエネルギー資源の競合が、農地利用の増加や環境への影響を引き起こす問題も浮上しています。

7.エネルギー消費の増大

 バイオプラスチックの製造には、化石燃料プラスチックよりも多くのエネルギーが必要な場合があり、その結果、製造過程での環境負荷が増大し、CO2削減の本来の目的に反することがあります。

三、バイオマスプラスチックの存在意義は、石油プラスチックには無い性質を実現し、ニッチな用途を開発する。もしくは、石油資源の枯渇あるいは使用が禁止されたときの代替手段になるというくらいの未来しか見えません。

【回答】ご指摘の通りです。しかし、ただ否定するだけでは、環境アクティビストと同じように単なる反対意見に終わってしまいます。それでは生産的ではないので、以下にバイオマスプラスチックの存在意義や将来的な可能性について検討してみましょう。

1.石油資源枯渇への対応

 石油資源が枯渇した場合、バイオマスプラスチックは石油由来プラスチックの代替素材として重要な役割を果たす可能性があります。バイオマスプラスチックは持続可能な原料から製造できるため、限られた資源に依存せずに製造を続けることが可能です。しかし、バイオマスを生産するためには窒素・リン酸・カリなどの土壌栄養素が必要であり、これらの資源が枯渇するリスクがあります。長期的には、これらの栄養素の供給不足がバイオマス生産の限界をもたらす可能性が懸念されています。

 現実的に考えると、天然ガスや石炭をガス化・液化してプラスチックを製造する技術は、石油資源枯渇後の有力な代替手段です。これらの技術は既に実用化されており、バイオマス生産に伴う土地や資源の使用に依存しないため、化石燃料の枯渇に対する持続可能な選択肢として注目されています。日本はこの分野では強みを持っていましたが、現在では南アフリカのサソルには及びません。

2.石油プラスチックにない性質の実現

 バイオマスプラスチックは、従来の石油プラスチックにはない特定の機能や特性を持つニッチな用途に活用できる可能性があります。例えば、特定の温度や湿度で分解する性質や、生物学的に安全な製品の包装材など、新しい市場を開拓できる可能性があります。

3.環境規制対応

 将来的に化石燃料由来のプラスチック使用が法的に規制される場合、バイオマスプラスチックがその代替手段として求められることが考えられます。特に、環境規制が厳しいEUなどの地域では、バイオマスプラスチックの需要が高まる可能性があります。

4.新しいバイオ技術との融合

 未来においてバイオテクノロジーの発展により、さらに効率的で環境に優しいバイオマスプラスチックの製造方法が開発される可能性があります。この場合、従来のプラスチックを完全に代替することが現実味を帯びてくるでしょう。

5.特定用途の利点

 バイオマスプラスチックは、特定の環境や条件下でのみ分解する性質があるため、漁業用のネットや農業用マルチフィルムなど、石油プラスチックが適さない用途での活用が期待されます。

6.石油プラスチックとのハイブリッド利用

 バイオマスプラスチックと石油由来プラスチックのハイブリッド製品が開発され、これらの特性を組み合わせることで、より効率的で環境に配慮した製品が誕生する可能性があります。ちなみに、プラスチック自体は元々ロジン樹脂を使用して作られていたため、石油以外の原料との組み合わせには歴史的な背景もあります。

機能性に注目したバイオプラスチックの将来性の検討

 バイオプラスチックが石油プラスチックにはない機能を持たせることで、有望な将来性を持つ点について以下に検討します。

1.特定の分解条件に応じた設計

 バイオプラスチックは、特定の環境条件下でのみ分解するように設計できる点で、石油プラスチックとは異なります。例えば、漁業用ネットや農業用マルチフィルムでは、使用後に自然界で速やかに分解し、環境への負荷を低減することが期待されます。また、分解速度を制御することで、適切なタイミングで分解する製品設計が可能となり、石油プラスチックにはない機能が実現できます。

2.技術の現状

 例えば、海洋環境で使用される漁網では、一定期間使用された後に自動的に分解して海洋ごみとならない設計が可能です。しかし、現時点では、これらの技術は十分に実現されておらず、研究段階にとどまっています。現在の技術では、海洋環境や土壌条件など特定の環境での分解プロセスを完全に制御することは難しく、さらなる研究と開発が必要です。

3.生物分解性の強化

 バイオプラスチックは、微生物によって自然に分解されるため、特定の環境で優先的に分解が進む機能を持たせることが可能です。石油プラスチックは自然界では分解されず長期間残留しますが、バイオプラスチックは用途や地域に応じて分解速度を調整でき、環境負荷を軽減します。

4.農業分野での土壌改善効果

 農業用マルチフィルムにバイオプラスチックを使用する場合、分解後に土壌へ戻り、肥料の役割を果たす機能を持たせることが考えられます。これにより、農作物の生産性向上や土壌の健康維持に寄与できる可能性があります。但し、バイオプラスチックに混入する成分が強度を弱め、マイクロプラスチック化を加速させるリスクがあるため、このリスクを克服するための研究が重要です。

5.化学的・物理的特性のカスタマイズ

 バイオプラスチックは、植物由来のポリマーを基に化学構造をカスタマイズできるため、耐久性や柔軟性、耐水性など、特定の用途に応じた特性を持たせることが可能です。これにより、石油プラスチックでは難しい特殊用途にも対応できる期待があります。

6.生体適合性の強化

 バイオプラスチックは自然由来の成分から製造されるため、生物との相性が良く、特定の生物や環境に適応した材料の開発が可能です。例えば、漁業用ネットでは、海洋生物への負荷が少なく、生態系への影響を最小限に抑える設計が可能です。キトサンが手術用縫合糸に使用されている例のように、特定の医療用途にも応用可能ですが、環境問題とは異なる小規模な用途となります。

7.環境リスクの軽減

 バイオプラスチックは、製造プロセスで有害物質を含まず、使用後も環境リスクを低減できる可能性があります。特に農業や漁業では、分解後に毒性を持たず、周囲の生態系に影響を与えない素材として活用が期待されます。

四、日本のこの界隈のアカデミアにおいて上記のような大前提を疑うことは、恵まれた環境の自己放棄であり、憚られるような雰囲気があります。このような現状に対してどのような態度を取っていいけばよいのか非常に複雑な心境です。

【回答】具体的な専門分野を教えていただければ、どの技術がどのような応用・流用に適しているかのコンティンジェンシープランや、就職先に役立つ情報をご提供できます。

武智倫太郎

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