雑草のように強く生きる〜アーシング2日目〜
昨日に引き続き、実家で農作業体験をしている。
昼ご飯を食べたあと、叔母がこれから畑を耕すというのでついて行った。
耕運機(自家農園なので大きなトラクターじゃなく手で押していくタイプ)を扱うようすを見学。
身体の小さい叔母が随分たくましく見える。
毎年こういうことをやっていたんだろうけど、まったく気にかけてこなかった。。
乾いて固くなった地表を金属の刃がぐりぐりと掘り進んでいくと、その後ろには柔らかくなって黒みを帯びた土が軌跡を描く。
実に見応えがある光景だ。
ある程度土が黒くなってきた段階で私も体験させてもらった。
叔母のやったおまけという感じでカンタンな操作だけだったが、はじめての耕運機に触り動かすのは楽しかった。
今日は耕して終わりとのことで畑を離れる。
後日、ナスやピーマンを植えるらしい。
その後は庭の草むしり。
祖父が生きていた頃は頻繁に手入れをしていたが、亡き後は人手がなく、なかなかこまめに手をかけられない状況のよう。
草が生え放題のゾーンを片っ端からむしっていくとなかなかのストレス発散になった。
ちょこちょこ小さな花なども咲いていて、それを引っこ抜くのは一瞬ためらったが、「雑草だから放っておいたらまた生えてくる」と諭される。
なるほど、そういえば「雑草のようにたくましく…」などという比喩を聞くが、実際の雑草の生命力ってこんな経験でもないとわからないよな、などと考えながらひと思いにむしりとった。
日も暮れはじめた頃、すこし離れた原っぱに行きワラビ採りをした。
広い草はらにニョロニョロと伸びる緑の茎をポキポキと折り、収穫していく。
ワラビがこんな風に生えるんだというのもはじめて目にしたかもしれない。
あるいは見たことはあってもそこにこうして興味を寄せたことはなかっただろう。
雨が降ってきたタイミングで終了し、家へと戻った。
農業をされているかたには鼻で笑われるかもしれないが、この2日でこれまでの人生でないくらい自然に触れ、たくさんのパワーを受けとった。
十分なアーシング体験だ。
これから仕事などが再開していったとして、今度いつ実家に来られるだろうか。
タイミングが合えば昨日のジャガイモや今日の畑に植えるナスやピーマンなんか収穫できたらいいなと思う。
都会の暮らしでは土に触ることなんてまずないし、むしろ手に土がつくことは避けるかもしれない。
でも人間は本来ずっと土の上で生きてきたのだ。
大地が人間が生きるために欠かせない食べ物を生み出してくれている。
それをわずかでも体感できたことは、日々の食事を美味しくする何よりの調味料になってくれそうだ。