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偏愛きのこ|舞茸のこと
正月休みはずっと実家に籠っておりましたんでね、休みが明けてからもまだ心が帰省から戻ってこれていない感じがあります。実家では年越しそばはもちろん、群馬は「水沢うどん」っていう日本三大うどんを標榜するうどんの名所なんですけれども、当然これも食べてまいりましたよ。水沢うどんに欠かせないのが舞茸の天ぷらなんですが、おれはこの舞茸の天ぷらに対して特殊な感情を抱いています。
今でこそスーパーなんかでも安価に買い求めることができる舞茸ですが、人工栽培に成功して量産されるようになったのが1970年代ということで、おれの親世代なんかだとまだ他のきのこと比べると新参者という印象を持っている人も少なくないようです。それ以前はたいへんな高級品だったと聞かされておりまして、江戸時代なんかでは自然栽培の舞茸を将軍様のところに持っていきますと銀貨と交換してもらえたと言われています。
舞茸の名前の由来も、諸説あるようですが見つけると思わず小躍りしたくなってしまう、思わず躍り出してしまうほど味や香りが良いことから名づけられたものなんだとか。確かに、おらが地元でも舞茸を食べた人はみな小躍りどころか身に着けている衣服を脱ぎ捨てて裸踊りに興じていたりとか、明後日の方向を見つめながら不敵な笑みを浮かべていたりしたものでした。それはなんか別のきのこ食ったんじゃねえの?
舞茸の株って見たことありますか?スーパーで売られているのがだいたい100gとかそのくらいでしょうか。あれは小さく切り分けたものなので株はもっとだいぶ大きいんです。一株で800gとか900gとか、1kgに満たないくらいの大きさで、両手で抱えて持つような規模のものなんです。地元自慢みたいで恐縮ですが、群馬県は舞茸の生産量が全国でも上位のシェアを誇っているということで、直売所なんかに行きますと株単位で売られているんですがね、とても一人では食べきれない大きさのものが売られているのをよく見かけます。
日本で舞茸といえば雪国まいたけが有名ですよね。今スーパーマーケットで高品質な舞茸を手軽に買えるのも、この雪国まいたけが果たした役割が非常に大きいということです。当然、もとは高級品と言われていたきのこですから市場にさかんに流通させるには足掛け20年にもわたる、並々ならぬ苦労秘話があったわけなんですけれども。雪国まいたけの「極」、Y10Mとも呼ばれるこの菌種、スーパー等でも出回っているものなんですがこの商品開発秘話は涙なしでは見られない非常に読み応えのあるストーリーですのでぜひ紹介させてください。
こうした雪国まいたけの企業努力によって舞茸の株が量産販売に足る800g~900gのボリュームで安定生産が実現されたということです。全国の山々を雪国まいたけの志ある社員が自らの足で巡り、数年の間に実際に本人が採集できたのが3回というところからも、天然ものの舞茸の希少性を強く感じるわけでありますが…大丈夫ですか?ちょっと涙を拭いて、うつむく顔を上げて笑っておれの話に立ち返っていただきたいんですけれども。
一方でおらが地元群馬県で作られているものも、雪国まいたけとはまた風情が異なる魅力を持っております。「100日まいたけ」というブランド舞茸があるんですが、こちらの株が一株あたり500g程度と、雪国まいたけと比べると多少小ぶりなサイズになっています。
ただこの舞茸の特徴はその名の通り植え付けから100日かけて熟成され、舞茸が本来もつ旨味と栄養素を最大限まで引き出したものだというのです。一般的には植え付けから収穫までの期間は2か月半~長くても80日程度と言われています。植え付けから収穫までのこの工程は、舞茸の品質や収穫量を大きく左右する重要な期間ということです。
ビジネスで考えますと、たくさんの量を生産してたくさん売るために、植え付けから収穫までの時間を短く効率的に行う必要があるわけなのですが、100日舞茸は普通の舞茸以上に手間と時間をかけて育てられているということです。当然、それだけ出荷に時間がかかりますから、大手企業にはなかなかできない生産サイクルです。一般的な量産サイクルとは異なる道を往く商品であること、そしてその味や香りの高さを誇ることから市場には一切出回らず、地域内あるいは独自のルートで販売がされている隠れた地元の名品になっているのです。痺れますよね。
舞茸の生産量日本一は、雪国まいたけの本社を擁する新潟県、次いで静岡、福岡、そしてきのこ生産の最大手級「HOKUTO」を擁する長野県と続いていくのですが、全国を見渡すと100日まいたけのように小規模ながらもこだわり抜いて生産されたブランドまいたけがたくさんあります。例えば、雪国まいたけの本社のある新潟県魚沼市では「石坂まいたけ」と呼ばれる肉厚で味や香りが天然もののそれに近い品種が生産されていたり、福井県大野市ではミシュランのレストランでも採用されている九頭竜まいたけがあったり、東京近郊でも檜原村で盛んに栽培が行われているなど、調べれば調べるほど舞茸の世界の奥深さそしてそれの生産に携わる方々の熱量が伝わってきます。
舞茸栽培にはきれいな空気と適切な温度・湿度管理が肝要とされています。各地の舞茸の産地を見ても風光明媚な自然があふれ、また清らかな水が流れるまちであることが見て取れると思いますけれども、100日舞茸はふるさとの空気をいっぱいに吸収して食卓に運ばれてきているわけですから、実質生まれ育ったふるさとの空気を100日分食べていると言っても過言ではありません。過言かもしれません。ともあれ、やっぱり慣れ親しんだ土地の産品というのは口にすると嬉しい気持ちになりますし、みんなにも味わってみてほしいなと思うわけです。
群馬県には、さすが全国有数の舞茸の産地というだけあり、「群馬まいたけセンター」という観光施設があります。ここはECサイトも設置されておりまして、100日まいたけを購入することができます。おれもこのサイトを見つけてから速攻で購入しました。こちらもぜひ見てみてくださいね。
それから、最近はドムドムハンバーガーでも舞茸バーガーが期間限定で食べられるそうです。ハンバーガー1個に入っている舞茸の量はおよそ200gと、これがどれだけたいへんなことか、ここまでご覧になった皆様はもうお分かりではないかと思います。ただ近くにねえんだドムドムハンバーガー!ただ意外なまちにありますよね。独自の出店戦略があるのだろうなとは思いますけれども。
おれは舞茸を天ぷらにするのが一番好きです。ちょっと塩を振ってね、うどんなんかと一緒に食べると最高においしいです。さすがに家で天ぷらにするのは容易ではありませんから、油で炒めて食べることが多いんですけれども。しょうゆと、バターと、あとは少しのお酒で仕上げるのが良いでしょう。あとはお味噌汁に入っていると舞茸のいい出汁が出ておいしいですよね。味噌汁に舞茸を入れて作ってくれる人のことなんかすぐ好きになっちまいますからおれみたいなモンは?味噌汁に舞茸を見つけた日なんかには小躍り超えて裸踊り、あさっての方向を見つめて不敵な笑みを浮かべてしまいます。なんか違うきのこ入れられてね?てめえ、一服盛りやがったな!そんな感じです。
お知らせ
2025年2月8日(土)に、初の作品集となる「憧れの街」を刊行いたします。
群馬の田舎で鼻水垂らしながら憧れていた東京の街で、実際に暮らして見えてきた「おれにとっての東京」をテーマにした、全19本のエッセイ集です。名だたるミュージシャンたちが「東京」をテーマにした曲を出しており、いずれも初期衝動を全開に感じる名曲として語り継がれておりますけれども。おれもそんなノリの作品を作りたい!と思いつつ、リコーダーで挫折をしたレベルで音楽ができないおれにはとても歌にすることなどできず。代わりに文章にすることはできますんでね。初期衝動を込めた、そんな感じのノリのエッセイ集なんだなと思っていただけますと幸いです。
現在予約受付中です。一人でも多くの人が手に取ってくれる作品になると嬉しいなと思っています。よろしくお願いいたします。
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