『キツネとウドンの冒険』/掌編小説
「油揚げも飽きたなあ。」
毎日律儀にお供えされる油揚げに、近ごろは嫌気がさしていた。
「昔は好物だったけれど、毎日毎日食べていると、いい加減に飽きたよう。
たまには、ピッツァとかペペロンチーノとかアクアパッツァとか、バリエーションがないもんかなあ」
お供え物に文句を言う。
そんなキツネにタヌキが言った。
「油揚げに飽きたんなら、ウドンにのせて食べてみたらどないだ?アレンジっちゅうやつ。」
ウドン?はじめて聞く言葉だった。ペンネとかマカロニとかカッペリーニなら知っているけど。
「ウドンってなんだい。」
「ヒモみてぇにながくって、白くてツルツルしたもんよ。さむい日にはこころの奥まであったまるで。」
「そりゃあいいなぁ。」
キツネとタヌキは山の奥へとウドンを探しにいった。
「ウドンはどこにあるんだい。」
「わからんなあ。わしも一度だけ貰いもんを食ったことがあるだけよ。またどうにかもう一度食いたいなぁ。」
そのとき2人の前を、ふよふよと白いものが横切った。
「あっ。あれだあれだ、あれに違いない。はよあれをつかまえてくれ。」
キツネはぴょんと宙高くジャンプして、それを口で掴み、ざっと着地した。
「キツネは素早いなあ。見事なもんだ。」
さて、これを持って帰ろうか。そう思ってよく見ると、これはウドンではなくイッタンモメンだった。
「なんですか。いきなりつかみかかるとは、ずいぶんですね」
「ごめんごめん、ウドンと間違えたよ」
キツネとタヌキは気を取り直して、引き続きウドンを捜索する。
「あっ、あれや。あれをつかまえてくれ。」
「よしきた。コーン!」
キツネはカマイタチのような速さで森を駆け抜けると、白くてまるっとしたものを捕まえた。
「何をしやがる。腰を痛めたじゃねぇか」
タヌキがよく見ると、それはウドンではなくヌッペフホフだった。どちらかというと分厚いハンペンに似ている。
「ウドンって、なかなか見つからないもんだねえ」
キツネとタヌキは、諦めず捜索を続けた。
「あっ、あれやあれや。きっとウドンやぞ」
タヌキの声を聞いてキツネが大きな尻尾を振り子に回転しながら、木から落ちてくる白くて細長いものをキャッチした。
やった。これこそウドンだ!と思ったのもつかの間、
「貴様、なにをする。キツネとタヌキじゃないか。森が騒がしいと思ったら、なにを駆け回っているのだ。」
それはこの森の守り神として崇められている白蛇だった。
「げげっ、これはキツネが失礼しました。」
タヌキが畏まってさっと頭をさげる。
「何をしているときいているのだ」
白蛇の迫力に、へつらへつらしながらタヌキが説明する。
「ウドン?そんなものは食べたことがない。ウドンとは……。もしや、ウドンゲのことではないか?」
白蛇は思い出したように言う。
「3000年に一度、花を咲かせるという伝説の植物だ。白くて餅のように伸びる、それはそれはうまい実をつけると聞いたことがある。私も興味が湧いた。共に探してやろうぞ」
白蛇もウドンを食べるとなると、自分のぶんが減るじゃないかと思ったが、鋭い眼力の前にキツネはなにも言えず、縮み上がって頷くのだった。
「月の満ちる日、山と谷の間の洞窟の奥に咲くと聞く。ちょうど今日は満月だ。」
三人は洞窟へ向かう。ついた頃にはすっかり日も落ち、大きな満月が空に浮かんでいた。
「あれじゃないか?」
洞窟を進むと、薄ぼんやりと微かに光る白い花を見つけた。
「すごい、ほんとうにきれいな花だ。これが3000年に一度咲くというウドンゲの花……。」
そして花はしっかりと実をつけていた。
「これがウドンか!」
キツネが叫ぶ。確かに、その白くもちもちした実をつまむと細く伸びた。三人は喜んでウドンを食べた。食感はもちもちとしているが、表面はつるっとしていて歯切れもよかった。
「なるほど、これがウドン……。」
白蛇も初めて食べるウドンに納得した様子だった。
そして食べ終わったころ、三人の体がにわかに光りだした。
これもウドンゲの力だろうか、キツネは白い大キツネに、タヌキは白い大タヌキ、白蛇は白大蛇になっていた。
それからというもの、三人は山に舞い降りた新たな大神様として奉られ、人間から届くお供え物はどんどんグレードアップした。
キツネがぼやいた油揚げだけでなく、うまい酒や上生菓子、餅やペペロンチーノ、アクアパッツァ、ペスカトーレからウドンまで、さまざまな上等な品が届くようになった。
キツネはペペロンチーノに大喜び。
白蛇は好物の餅にあんこが入ったあんころ餅を食べて、満足げに頷いている。
「あ、これだったわ。ウドン。」
そんな白蛇とキツネをよそに、タヌキは一人、ウドンをすすってポツリと呟いた。
「独り占めするウドンはうめぇなぁ。」
これが『他抜きウドン』発祥の由来であった。