流れの石音
山ではいろんな怪異現象にぶつかる。それは4つぐらいあるだろうか、
①音を出すもの、②光を発するもの、③形が見えるもの、④これらの組み合わせ、など。いまではたいて科学が解明したいる。「神様の火」は気象学でいう球雷の一種だし、「ブロッケンの怪」は、早くからナゾが解けたものだ。
昭和30年5月、シャクナゲの写真をとろうとして愛知川へ1人でいった。
花には少し早かったが、ミツバツツジやアカヤシオなども咲いていて、満足した写真がとれた。
その夜は愛知川本流を鉱山跡へ少し上った川原で、ビバークすることにした。
天気もよいのでシュラフを被り、傍らの大岩の間に身体を横たえた。天候が良ければテントを張る必要もない。適当な窪地にゴロ寝する。
夜のとばりが下り、あたりは真っ暗になった。ふり仰ぐと満天の星がきらめく。あの光の帯は天の川だろう。知っている星や初めてみる星、空はこんなに星が沢山あったのか…。
都会の夜空がいかに無駄な人工光に溢れているか実感する。ウトウトしていると、突然
『ゴンゴロッ!』
にぶい響きが伝わってきた。
“なんだろう…”
耳を澄ませてみたが、その後は何事もない。気のせいだったかと思い、そのまゝうとうと。
すると
『ゴロゴロッ!』
前にも増して地響きがする。気味が悪くなってきた。冷や汗が手にひらや背中ににじんでくる。
全神経を集中して身構える。すると今度は流れの中から
『ゴロッ!、ゴロッ!』
もう1人旅を後悔しても遅い。腹をくくって開き直るしかない。
「ええいどうにでもなれ…」
そう決めると不思議に気が落ち着いてきた。どうやらその快音は、水の中から聞こえてくるようだ。そうなら少しは安心だ。水の中では人間にひどい悪ふざけも出来ないだろう。
そう判断すると勇気が湧いてくる。私は傍らの大岩にペタリ耳を押しつけた。すると
「聞こえる、聞こえる」
大きいの小さい音が、それこそあっちこっちで重なり合って
『ゴロッ!、ゴンゴロッ!』
何のことはない。水流のために川床の石ころや岩が、ゴロゴロと転がっていく音だったのである。
山の怪というものも大半がこんなものだろう。