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魔歌師 ―MELODIA CASTER―

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恋愛ファンタジー/魔法世界/逆ハーレム 魔法界エテルナグロウ。神代の時代から長きにわたり続いてきた平和が、突如現れた"黒門(ダークゲート)"により脅かされようとしている。そんな最…
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【魔歌師】プロローグ【恋愛ファンタジー】

深い洞穴に風が吹き込むときのような、あるいは複数の人々が唸るような音。 ずっと聞いていると頭が痛くなりそうなほどに不快で、不気味だ。 その音はざわざわと煩わしく響き、私をまどろみのなかから引きずり出す。 いつからか沈んでいた意識が持ち上がってきたとき、うつ伏せに横たわっていることにようやく気づいた。 手のひらでなでると、冷たくて固い感触が伝わってくる。ざらりとした細かい粒は砂だろうか。頬に突き刺さって地味に痛い。 重い身体を起こしながら、ぼやける視界を凝らす。 何か、光るもの

【魔歌師】第1話:大魔法使いエイドラム邸にて【恋愛ファンタジー】

魔法界エテルナグロウ。 魔法街フェルナヴァーレン、大魔法使いエイドラム邸。 ーーー 一昨年の秋、私はこの家の主である大魔法使いエイドラムの元で目覚めた。 エイドラム様もとい師匠の話によると、どうやら知り合いの魔法使いが私を抱えて突然師匠の元を訪れ、私の身柄を預けていったのだそうだ。 本名は彼にもわからないそうだが、その魔法使いは"亡霊(スペクター)"と名乗っている男性らしい。 それっきりスペクターからは何の音沙汰もなく、以来、こうして師匠の元で厄介になっている。 私はと

【魔歌師】第2話:正魔法使い認定試験:上【恋愛ファンタジー】

マールに連れられてサザーラル大聖堂に到着するころには、少しだけ平静を取り戻しつつあった。 師匠の家を出る前はあんなに緊張していたのに、いざ大聖堂に踏み入れると途端に気持ちが引き締まったのだ。 道すがらマールが親しげに話してくれていたおかげもあるだろう。 あるいは、この聖堂を守っているという聖獣や聖魔法の効果でもあるのだろうか。 祭壇まで真っすぐに伸びるレッドカーペット。 その突き当りの壁には床から天井まであるステンドグラスがそびえる。 陽光を受け色とりどりに煌めくグラスには

【魔歌師】第3話:正魔法使い認定試験:中【恋愛ファンタジー】

どれだけの時間、螺旋階段を下ってきたのだろう。 数十分か、数時間か。 はたまた自分の体感より時間は経っていないのか。 ずっと下りだったためそんなに疲れはないはずなのに、ようやく階段の終わりが見えるころには足がくたくたになっていた。 下りでこれだけ消耗していたら、帰りはどんなに大変か。 そんなことを浮かべながらも最後の一段を降り立った私は、ひとまず無事に階段を下りきったことで張り詰めていた気持ちが少しだけ落ち着いた。 足元に集中していた神経をようやく周囲の風景に向け、通路の入

【魔歌師】第4話:正魔法使い認定試験:下【恋愛ファンタジー】

「……ふむ、やはり一カ所解いたところで意味を成さぬか。最も結界が強いここを破れば何らかの利があると踏んでいたのだがな」 ぞわり。背後から聞こえた声に、悪寒が走った。 男性のような、女性のような、子どものような、老人のような、無数の人々が同時に、いや、一人が異なる声帯をその身にいくつも持っている。まさにそんな声だ。 「誰っ!?」 即座に振り返った私は、ますます驚いた。 声は少し離れたところからしたと思っていたが、声の主がすでに私の真後ろにいたからだ。 私の背丈を優に超える

【魔歌師】第5話:審問【恋愛ファンタジー】

 軽やかな小鳥のさえずりが微かに耳に届く。  柔らかな明かりをまぶたの裏に感じ、まどろみに沈んでいた意識がふわりと浮上した。  ぼやける目を擦りようやく視界が開けてくると、見慣れた自分の部屋の天井が目に入る。  あれ……どうして眠っていたんだっけ?  まだ覚醒しきれていない頭でそんなことを浮かべ、ここに至る前のことを思い出そうとしたときだった。 「痛……っ!」  額にじりじりと焼けつくような痛みが、自分の身に何が起こったのかを一瞬にして思い起こさせた。  そうだ、私は

【魔歌師】第6話:フィオン・アトレイユ【恋愛ファンタジー】

ローブをまとい、意を決して荷物を手にする。 部屋の戸口に向かう途中、姿見に映る自分の姿が目に入った。 前髪でわずかに隠れてはいるものの、額にはあの"印"がくっきりと浮かび上がっている。 いつか、私を殺す印が。 師匠はほかに道は残されていると言った。きっとその言葉に偽りはない。 私だって、本当は行きたくない。 正魔法使いになろうと思ったのだって、こういう旅に出たときのためなんかじゃなくて、いつかは自分の魔具の店を持ちたいと思ったからだ。 自分が何者かわからなくたって、魔法が自

【魔歌師】第7話:シャムシール【恋愛ファンタジー】

男は、一人薄暗い回廊を急ぐ。 その歩みはせわしなく、どこか焦燥感をまとっている。 次なる使命を課せられることを予期してか、それともほかに懸念すべきことがあるからか。 いずれにせよ、この回廊の先へと向かう際には、決まって憂鬱な心持ちであることには変わりない。 かつてはこのように感じることさえなかったはずなのに、いつしかこう感じるようになってきたのは、きっと"あの子"に出会ってしまったせいだろう。 黒く重々しい鉄扉が立ちはだかる。 この先に待つ主の前でこんな顔を浮かべるわけには

【魔歌師】第8話:幽霊屋敷:上【恋愛ファンタジー】

「ふーん、その額の呪いを解くための旅、ねえ……」 酒場じゃ込み入った話をしにくいだろうということで、フィオンの食事が済み次第酒場をあとにした。 街のなか、少し前を歩くフィオンのあとに続きながらこれまでの経緯(いきさつ)を説明する。 「私一人で街の外に向かうには危険が伴うからって、師匠からあなたを頼るようにと言われてきたの」 なるほどね、とこちらを見向きもせず興味なさそうに返事を返される。 ちゃんと話を聞いているのか聞いていないのか。 「やれやれ。君みたいに戦えない奴か

【魔歌師】第9話:幽霊屋敷:下【恋愛ファンタジー】

私の思惑通り、格子戸は私が持参した魔具で難なく開錠することができた。 同じ方法で屋敷のなかにも入れるとは思わなかったらしく、フィオンはまさかこんなにあっさりと入れるなんて……と驚きが隠せない様子だ。 ずっとしかめっ面だった顔にもうっすらと笑みが浮かんでいる。 「驚いたよ。まさかあの場で鍵を作り出してしまうとはね」 感心した様子で率直に褒められ、思わぬ反応に少しだけ嬉しくなる。 「とはいっても、自由に形成できるわけではないの。この屋敷がたまたま普通に施錠されていただけだか

【魔歌師】第10話:スペクター【恋愛ファンタジー】

まばゆい光が瞬時に消え去ると、視界がゆっくりと開けていった。 目が慣れてくると、そこが森の中だと気づく。 「ここは……」 屋敷に入ったときにはまだ昼ごろだったはずだが、すでに陽は傾いており、夕陽に染まった木々が細長い影を伸ばしつつある。 足元にあったはずの魔法陣はなく、フィオンの姿も見当たらない。 フィオンは特定の場所にしか飛べないと言っていたが、ここがその"特定の場所"なのかさえわからない。 この世界の知識なんて魔具のごく一部の種類と簡単な生成方法くらいで、あとは人に頼

【魔歌師】第11話:ミサンナ=スメリア【恋愛ファンタジー】

イェーツ村に到着するころには、すっかり陽が落ちていた。 村の入り口にはいくつかのカンテラがガーランドのように吊り下げられ、アーチのようになっている。 道行く人を煌々と照らす仄かな灯火は、よく見るとただの炎ではない。 夕陽のような暖色の光がカンテラのガラス面にぶつかってはゆっくり明滅しながらふんわりと跳ね返っている。 カンテラの下をくぐったとき、カンテラを吊るしている縄を縛り直していた老婆が作業の手を止め、額の汗を拭いながら声をかけてきた。 「おや旅人さん、いらっしゃい。ファ

【魔歌師】第12話:忌み花ブーリアンの製剤【恋愛ファンタジー】

すり鉢のなかですりつぶされて粘土のようになっていくブーリアンの花。 すりつぶされてもなお褪せることのないこの白い花は、毒花なんだという。 この毒が浄化されたとき、額の印を起因とするあの痛みを緩和させることができる鎮痛剤へと生まれ変わるのだ。 「この子は可憐な姿で咲き返りながら、人を殺めるほどの猛毒をその身に宿してる。けど、その毒はうまく使えば人の命を救う薬にもなりうるのよ」 ブーリアンがすっかりどろどろになったところに、いくつかカウンターに用意されていた小瓶のなかから何や

【魔歌師】第13話:村の宿にて:上【恋愛ファンタジー】

ミサンナから薬を受け取るころには村に到着してからずいぶんと時間が経っていた。 すっかり高いところに昇りつつある月に、すでに深夜に近いことを悟る。 宿に着き店先で新聞を広げる店主に若い剣士の連れであることを告げると、一番奥の部屋へ案内された。 てっきり二部屋取ってあるものと思っていた私は、部屋へ続く廊下に差し掛かったところでこの宿の部屋数の少なさに気づき口をつぐんだ。 ごゆっくり、と嫌な笑みを浮かべながら立ち去る店主のねっとりとした声に、ぞわぞわと首筋の毛が逆立つのを感じな