好きなものを思いきり食べることの是非
母親がケーキが好きなことはすでに書いた。
ショートケーキからの復活劇後、徐々に、朝食、昼ごはん、おやつ(ショートケーキ)、晩ごはんと少量ずつではあるが、食事が摂れるようになってきた母。
特に好きなものは、イチゴ、ねじりパン、お菓子(何かと甘いものが多い)。時々「お腹がすいた。固形物(だいたいねじりパンを指している)をください」と隣の部屋にいる父親に電話をかけてくるまでに元気になった。
今は何よりも、ケーキを好んでいる母。ふと「若い頃は健康診断の検査結果を気にしていたけれど(中性脂肪が常に高かった)、あんなん気にせんでもよかったんやな・・・」とこぼすのを聞いた。
こういう言葉を聞くと、好きなものVS身体に良い物論争が私のなかでいつも始まる。
食事が摂れないとなると、多くの人(特に介護を経験した人)は、栄養価の高いゼリーや飲み物、○○入りの健康に良い食品などを勧めてくる。だが、申し訳ないが一様に「薬臭」かったり、「なんか味が変」だったすることが多い。そして、そういった食品に対しては母親曰く「お腹が通る(下痢するの意)」と言ってかたくなに食べないのである。
私は「身体にいいんだから食べないとダメだよ!」とは言えない(し、だよね美味しくないもんねと思ってしまう)。体に良くない(とされている)けれど美味しいと思うもの、身体に良いと(されている)けれど美味しくないもの、いったいどちらが本当に身体(精神も含めた)、にいいんだろうかと思うからである。
薬臭い食べ物を平気で勧めてくるということは、きっとその人は「身体にいい」という理由で「薬臭い」食べ物を頑張って食べちゃう人なんだなと思うと。それって頭で食べているよね。でもそういう人はかなり多いように感じる。
食べるって何なんだろう。
ただ栄養を取るだけの行為ではないはず。母親を見ていると「ケーキだよ」と言うと、しんどそうにしていてもすぐに起き上がる。息が多少苦しくても、ニコニコ食べる。自分が食べたいと思うものを食べられる楽しみ。暴飲暴食はいけないけれど、好きなものを食べるという行為自体が、エネルギー源になっているんじゃないのかなと、母を見ていて思う今日この頃である。
ちなみに、父親に上記の質問をしてみたら、回答は、「わしは、食べれるもんなら何でも食べる」だった。
恐れ入りました。
戦後の食べる物のない貧しい時代を過ごしてきた父。そうか、ベースが違えば、考え方も異なるよねと妙に納得したのである。
答えは、出ない。