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己のTシャツに責任を持て 伊丹十三編
伊丹十三ぐらいかっこいい人はいない、といつも思っている。
生きていると、人は、目玉焼きを食べたり、スパゲティを食べたり、サラダを食べたり、マニュアル車を運転したり、靴下を履いたりする。
わたしはその度毎に、伊丹十三のことを思い出す。しかも、たいていは、伊丹さん、今日はちょっとダサいことになっちゃったけど許して、という気持ちで思い出す。エンジンブレーキをあまり効かせないままブレーキランプを点灯させてしまった緩い坂道や、寒い朝に分厚い靴下を履くときなどに、ああ、これ伊丹さんに一刀両断にされるやつだな、と思う。滅多に買わないが、ちょっとおいしいドレッシングを見つけて我慢ならず買ってしまったときにも思い出す。だが、わたしは伊丹十三愛が強い。結局ドレッシングは使わなくなり、賞味期限を大幅に切らして捨てることになってしまう。そんなとき、わたしは伊丹十三に「ほうら、言わんこっちゃない」と、にやりとされているような気持ちになる。
かくも伊丹十三道は厳しく、険しい。
伊丹さんの美学を全うして生活するのは大変だが、その高みを目指す価値がある。家に置くものはどんな小さなものでも吟味する。ファッションも、音楽も、料理も、お酒も、自分の審美眼を磨き続けなければと思う。
『ヨーロッパ退屈日記』は、研究室の学生さん全員に買って無理やり読ませたいぐらい、若い頃に読んで欲しい本だ。『女たちよ!』『再び女たちよ!』も、これを読んだ人生でよかった、と心から思う。とにかく、伊丹十三には、かっこよく生きるために大切なことをたくさん教わった。
こうして何年も伊丹十三愛が止まらず、書籍はほぼ読みつくしたのだが、最近は映画のDVDも買い集めてしまった。うちでちょっとした伊丹十三展が開けそうなほどだ。だがしかし、わたしはまだ松山に行ったことがなかった。松山の伊丹十三記念館!あそこへ行かずして、何の伊丹ファンが名乗れようぞ。
ははーん、これはいつもの流れだな?とお気づきの方もいるかもしれない。こうして、自分を焚きつけてぴょいと現地に行くのがわたしの常である。
折しも、THE ALFEEの春ツアーチケット予約の時期だった。松山と倉敷はゴールデンウィーク中と決まっている。これは、抱き合わせでいくしかないではないか。しかもわたしは夏目漱石も正岡子規も好きだ。こどもの頃に夢中で読んだ『坊っちゃん』。道後温泉も行けるではないか。そして愛媛ときたら、大江健三郎に思いを馳せることもできるぞなもし!四国の鬱蒼とした森を見たい。昨今のアルフィーは本当にチケットが取れないのだが、此度は無事に取ることが出来たので、盛りだくさんの松山・倉敷旅をセッティングした。
憧れの伊丹十三記念館は旅の2日目に行った。
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震える
ベントレーのところに掲示してあったこの一文を読んで欲しい。
これだ。こういうところがかっこいいのだ。わたしのアルファロメオもいつもピカピカではないし、ちょっとした傷は全然気にしていない。iPhoneも歴代裸持ちで、一度もケースや保護フィルムを使ったことがない。持ち物は、愛すべき小傷こそが手になじむのだ。こういうところもすべて伊丹十三の影響かと思うと、もはや気恥ずかしい。
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どこまでも伊丹十三に忠実だ。
伊丹さんの字も絵も大好き。
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すべて本人愛用の品
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伊丹さんってこんな香りだったんだ
心がぎゅっとなった
隣県か東京ぐらいだったら絶対に年パスを買うであろうと思う程に大満足の記念館だった。そして、彼の最期の色々なことを考えて、すこし、泣きたくなった。もうすこし、生きていて欲しかった。
やはり、伊丹十三はかっこいい。
そして、満を持して伊丹十三Tシャツ「二日酔いの虫」を買ってきた。
2023年の夏、一番よく着たTシャツかもしれない。
この夏、うっかり「なにその柄?」と聞いてしまい、興奮気味に伊丹十三の話をされた人も少なくないはずだ。(その時はすみませんでした)
わたしはこれからも、己のTシャツの柄に責任を持ち続ける。
なぜなら、Tシャツの柄は己のプロパガンダであり、旗標だからだ。
(おわり)