牛乳を注ぎたい女
誰もがわたしを酒飲みだと言う。しかも大酒飲みだと言う。
心外である。
そりゃお酒は好きだ。特に日本酒とワイン。つい、もうひと口、もうひと口と杯を重ねてしまう。この不可思議な現象について、わたしが真剣に語るのを聞いたことがある人は少なくないかもしれない。
ひと口も飲んでいない時は、特に飲まなくていいやとすら思っている。
しかしである。ちょいと一杯のつもりで飲んで(←植木等ふうにどうぞ)おなかの中に少しでもお酒が入ると(ここからが不思議の始まりなのだが)なんと、おなかの中のお酒が、外界のお酒に召集をかけ始めるのである。
「おおーい。そっちの酒ー。こっちはたーのしいぞー!早く来ーい!」
不思議なこともあるものである。そして、その声を聞いた外界の酒たちは、われ先に「目指せ愛ちゃんのおなかの中!」という勢いで押し寄せてくる。
その傾向は、特に日本酒とワインに顕著だ。
宿主としては甚だ迷惑なので、先遣隊の酒たちに「外部への声がけは、今後一切遠慮してもらいたい」と伝えようと思うのだが、どういうわけか、つい伝えるのを忘れてしまう。
この不可思議な現象にねじ伏せられ、いとも快活にワインをごくごく飲むわたしを見て、人は「愛ちゃんは酒が強いね。二日酔いなんてしたことないんでしょう?」などと言う。
甘い。甘すぎる。わたしの日々は、概ね二日酔いから始まるのだ。
「酒が強い」には種類がある。わたしは顔にも出ず、ろれつが回らなくなったりすることもなく、戻したりすることも皆無だ。だが、なまじ量が飲めるために、よほど痛飲した次の日の朝は、自分が自分なのか、それとも人の形をしたアセトアルデヒドなのか分からないという状態になる。それぐらいの二日酔いだと、頭痛薬を飲んでもだめ、ただ眠ってもだめだ。挙句、なんだか死んでしまいたいような心持ちがし、ドアーズを聴きながらベッドで丸くなって唸るしかできない。そんな日が、今でも年に3回ぐらいある。(昔は月に2回あった)
そこまでではなくとも、日々酒を飲むわたしは、午前中は概ねうっすら調子が悪いので、たまに二日酔いでない日=普通の体調の日を、物凄く調子がいい日と錯覚してしまう。
十代の頃から中島らもに耽溺していたので、酒やドラッグの怖ろしさは十分すぎる程に理解しているつもりだ。もともと、料理を作りながら飲むとか朝から飲むとかいう酒がどうも好かないので、連続飲酒に陥るようなことがないのが救いである。
抗がん剤治療をしていた頃、主治医に、治療中は禁酒ですか?と聞いたところ、うーん、まあ、そこまではしなくても大丈夫かな、とのことだったので、わたしは抗がん剤を打った当日にもワインを1本空けるような飲み方をしていた。実のところ、抗がん剤治療はとても辛く、かなり吐き気もあったし、体の節々が針で刺されるように痛んだりなど、不快な副作用は同時多発テロのように体中に起こった。日々非常に具合が悪かったのだが、今思うと、酒を飲んで気を紛らわせていたのかもしれない。日々、副作用なのか二日酔いなのかわからないぐらいの勢いで不調と対峙していた。
抗がん剤の分解にも肝臓はたくさん使われるため、その頃のわたしの肝臓には本当に悪いことをした。臓器の中で一番辛かったことと思う。肝臓の数値が悪くなってゆくのを見た主治医が「うーん。やっぱり肝臓に出てきてるね。今日は抗がん剤休む?」と言ってくれた時も「いいえ!予定通りでお願いします!」と言って打ってもらっていた。肝臓が疲弊しているのは、むしろ酒の所為だとわかっていたからだ。
ちなみに、わたしの肝臓には昔から名前はついている。名をば、
「衣笠祥雄」という。以後、お見知りおきを願う。
と、まあ、そんな風に酒を飲むわたしではあるが、そんな酒よりも好きな飲み物がある。それが「牛乳」である。
一生牛乳が飲めないのと、一生牛乳しか飲めないのとどっちがいいか、と言われたら、迷わず「牛乳だけ飲ませて!」と言うだろう。飲みすぎもよくないと思い、普段とても我慢しながら飲んでいるので、むしろ人は牛乳だけで生きていくことは出来るか調べてみたり、「牛乳ダイエット」なんてのないかなーなんて検索したりもした。幼なじみやその家族など、わたしをよく分かっている人には「愛ちゃんは本当に牛乳が好きだねえ」と言われる。ちなみに、こどもの頃から牛乳は大好きだが、背は一向に伸びなかった。こんなに飲んでも公称149cmである。いや、もしかしたら、あれぐらい牛乳を飲んだから149cmまでになれたのかもしれない。もし飲んでいなかったら、もっともっと小さかったかもしれないではないか。
生まれ変わったら仔牛になって、思うさま牛乳を飲もうかとも思ったのだが、牛は大人になったら牛乳が飲めなくなってしまうので、やっぱり人間で生まれたいなと思ったりもする。
牛乳は、わたしにとって至高、まさに「飲み物界の高見沢俊彦」なのである。
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