短編小説 / 22時の肉じゃが
夕方から少しばかり眠ろうと思って、しかし起きたら21時をまわったところだった。
3週間前であれば、よし、ここから22時までにはこの作業を終わらそうと、会社のパソコンに再びしゃんと姿勢を正して向かい直す時間。
(けれど大抵22時には終わらないし、わたし自身もそれを分かっていて、しかしあえての前向きな姿勢である)
ただ休職中の今はする事もないので、冷蔵庫の中を見やり、ありあわせの材料で肉じゃがを作る事に決めた。
なんとなしにその事をあなたに伝えようか迷う。
要は、肉じゃが食べたさにあなたは来てくれるかもしれない、けれどそれはわたしが勝手な期待を持つという事で、決して強要にはならず、たやすく裏切られる(というと大げさだけど)可能性があるから、その時の自分の落胆が面倒で躊躇したのである。実に身勝手でどうでも良い事だ。
しかしまぁ、わたしは、あなたに"肉じゃがあるよー"なんてラインをしてみた。
"今高円寺で呑んでるよー"と、どっちつかずな連絡を最後に返信が途絶えたが、そこまでの落胆は無く、案外平坦な気分。
じっくり味のついたじゃがいもを箸でつっつきながら、小説にはさんだ栞のページを丁寧にひらく。
じゃが芋が崩れる。
手紙の時代は、こんな風に一日に何度もあなたからの返事に嬉しさや落胆を覚える事はなかったんだろうなと、スマホ時代のわたしは少し羨ましく思う。
肉じゃがを作ったよーというのは、例え今手紙にしたためたって、早くてあなたが読むのは明後日ぐらいだし。それならば、今日は肉じゃがを作りましたという結果報告をし、次回はあなたに作ってあげますというきちんとした約束で締めくくれるでしょう。
メールやSNSなんてものができて、あっさりと返事が来ることの利便性と疎ましさときたらないなぁ。
淡々と小説の次の項に移行しつつ(どうやら主人公は、その妻にさえ命を狙われている)、結ばれた糸こんにゃくを口の中でほぐし、それでもわたしは、やっぱりあなたの返信を待っている。
返信を待つなんて、凄くバカバカしいと思いながらも、夜中まで何やらそわそわとする感じはちょっと贅沢な気がするとも、思っている。