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第6回 トラック野郎 御意見無用(1975・東映)

 『ニューシネマパラダイス』は頭の良い映画でした。今度は逆にとことん頭の悪い映画でお楽しみいただきましょう。菅原文太の『仁義なき戦い』と並ぶ代表作であるトラック野郎シリーズの第一作『トラック野郎 御意見無用』です。

 芸術なんて糞食らえというアナーキーな映画に定評のある鈴木則文監督による、最高に下品でそして人情味に溢れた素晴らしい娯楽作品です。

 菅原文太演じる一番星の桃次郎と愛川欽也演じるやもめのジョナサンのコンビが華々しく飾られたデコトラを操り、全国を行き来しながら笑いあり、恋あり、友情ありの珍道中を面白くもホモ臭く繰り広げる、70年代の東映らしさ爆発の痛快な一本。疲れた時にはこの映画を観ましょう。BL的にも特筆すべき作品です。

トラック野郎 御意見無用を観よう!

 執筆時点でAmazonプライム、hulu、U-NEXTでシリーズを通して配信されています。

真面目に解説

トラック野郎という生き方

 今や運送業は割に合わない仕事と言われますが、当時はとにかく稼げる仕事でした。まずは会社や借り物のトラックから始まり、やがて自前のトラックを買い、少しずつ大きなトラックに乗り換え、日本中を往来してじゃんじゃん稼ぐ。21世紀の現代では失われた生き方と言えましょう。

 したがってトラックはトラック野郎にとって商売道具以上のパートナーであり、トラックを飾ることはトラックへの愛情表現なのです。いうなれば武士の刀、ガンマンの銃に匹敵する魂とも言えます。

 金になる旅商売というのはいきおい荒くれ者が集います。トラック野郎は粗暴でスケベでアナーキーなイカれた奴らです。そして彼らは強い仲間意識で結ばれており、道交法は守らないし荷抜きもしますが、トラック野郎の仁義は死守します。

 この映画を観てトラック野郎になった人は沢山いました。車検の度に飾りを戻さなければいけないことを説明しなかったのはこの映画の罪でありましょう。実はこの手間と出費がトラック野郎の最大の悩みなのですから。

デコトラの魅力

 デコトラ(この言葉ができたのは少し後)は日本独自の文化で、他の国のトラック野郎はあそこまで派手にトラックを飾りません。

 職人が一発描きで描いた極彩色の絵に、趣向を凝らした派手な電飾、故郷やバックボーンを誇示するスローガンが躍る行灯。悪趣味だという人もいますが、好きな人は本当に好きです。私は少なくとも好きです。

 『艦これ』や『ガルパン』でプラモデル業界が盛り上がったのはよく知られる話ですが、このシリーズのヒットで作中登場するデコトラのプラモデルが作られ、以来デコトラはプラモデルの新ジャンルとして一定の地位を確立しました。経済効果の大きい映画です。

 美少女しかいない世界と違って、トラック野郎の世界はむさいおっさんに混じって時々綺麗なお姉ちゃんのトラック野郎がいます。トラック野郎は野郎と言いつつ男女同権なのです。これが本当のジェンダーフリーです。

懐かしの二本立て

 昔の映画は二本立て上映でした。一本は確実に収益の上がるシリーズものや大作、もう一本は実験的な作品でチャレンジしたり、間に合わせの雑な作品で埋めたりという興行形態です。

 今作は「もう一本」からスタートしました。愛川欽也からこの話を持ち込まれたとき、東映の岡田社長は「トラックの運ちゃんの映画なんて誰が観るんだ」と拒絶したそうですが、他の作品がキャンセルになり、急遽穴埋めとして二か月で撮られました。

 ちなみにメインは志穂美悦子の『帰って来た女必殺拳』でした。強くて可愛い悦ちゃんの大活劇と、文太兄ぃとキンキンというおっさん二人がトラックに乗ってホモホモする映画がセットになっていたのです。

 よく考えればすごい組み合わせですが、これが二本立ての妙味です。片方好きならもう片方も否応なしに見ることになるわけです。長渕剛もびっくりです。

 そして「もう一本」が予想外に面白いというのはよくある事でした。果たして今作は想定外の大当たりを取り、盆正月に封切られる『男はつらいよ』にぶつける東映の目玉シリーズとして10本が作られ、両作の競合は「トラトラ対決」などと呼ばれました。よく考えればどっちも同じような話です。

 しかし、二本立て興行は廃れてしまいました。いろんな理由がありますが、その一つが片方が大コケしたらもう片方でカバーしきれないことがままあったからです。どうせ同じ入場料なら、両方まともなのをやっている館に行きたいのは当然ですから。

 果たしてトラック野郎シリーズも10作目の『故郷特急便』の併映が酷い映画で、上映が打ち切りになるほどの不入りになりシリーズも打ち切りになりました。

日本列島西東

 トラック野郎は旅商売なので毎回違う土地が舞台に設定され、各地の風物を紹介するのがこのシリーズの売り物の一つでした。今ほど交通網の発達していない当時、遠い土地の祭りや名物は目新しく、お客さんの目を惹いたのです。

 最後には面白いトラック(トラックとは限らない)があると聞きつけて、そのトラックのある土地を舞台にするというアプローチも取られました。舞台になった土地の歓迎ぶりは並大抵ではなかったそうです。

 当時の各地の風物が描かれたこの映画は、今では歴史的史料とも言えます。その辺も寅さんと同じです。


警察なんて糞くらえ
 アナーキーさがこのシリーズの、ひいては鈴木則文作品の魅力です。警察と金持ちは敵です。作中のトラック野郎はほとんどが白ナンバー。そして過積載、スピード違反は当たり前。携帯電話のごとく無線を無駄話に使い、そしてドライブインには売春婦がうろうろ。店も酒を平気で出しちゃいます。そもそもトラックの装飾は違法改造です。

 作中常に警察はコケにされ、最後の爆走シーンではパトカーは西部警察並みに派手にクラッシュします。桜の代紋背負った日本一の大組織という有名なセリフがこのシリーズの警察への見方の全てです。

 しかし、トラック野郎達はどういうわけか無免許運転だけはしません。それが作中の悲劇を生むのです。

 ちなみに菅原文太は当時大型免許を持っておらず、警察に睨まれながらトラックをけん引してもらって運転しているふりをしてしたりと苦労をしたそうです。

トラック野郎は皆主人公

 このシリーズは脇を固めるモブが強烈です。東映の大部屋から選りすぐりのむさ苦しい連中が集められて桃次郎たちを取り囲み、ワキガ級の男臭さを強調するのです。

 どいつもこいつも変態一歩手前の格好をして、作中語られもしないのにいちいち地域色に溢れたイカれた役名が付いています。そして土地のトラック野郎から借りたトラックを転がすのです。

 本シリーズはトラック野郎の集まりである『哥麿会』の協力を受けていることから、同会の会長である宮崎靖男氏(今作では台貫場で土下座して謝る役)以下本物のトラック野郎も愛車とともに出演していますが、その恰好は常識の範囲内です。

 本シリーズのトラックは一番星号とジョナサン号以外は土地のトラック野郎から借りて賄われました。全国どこのトラック野郎達も愛車の貸し出しの申し出は大喜びで受けたそうです。その間は当然商売ができないのにです。トラック野郎達にとって愛車が銀幕を飾るのは金で買えない栄誉だったのです。

ザ・トルコ

 トラック野郎シリーズと言えばトルコです。おっぱい丸出しのトルコ嬢と戯れる桃次郎が盆と正月の風物詩だったのですからイカれています。よく考えればヤクザ映画である寅さんのクリーンさと比べて何と下品なのでしょうか。これが東映なのです。

 特筆すべきはトルコ嬢が和装であるということです。昔のトルコ嬢は和装だったのです。もっとも、私が法的に行ってもいい歳になったころにはとっくにトルコ風呂はソープランドに改称されていたので、先人の伝聞に頼るしかないのですが…

 菅原文太程のスターがスケベ丸出しでトルコ嬢と行為に及ぶのもよく考えたら凄い話です。今の役者にあれはできません。

家族愛

 桃次郎はトルコに事実上住んでいますが、その一方ジョナサンは野球ができるほど子沢山です。貧乏の子沢山です。なのにあの夫婦は帰ってくるたび作っちゃうのです。奥さんの君江を演じる春川ますみが元はストリッパーだっただけあってスケベです。

 けれど君江は素敵な奥さんです。亭主が旅先で拾ってきた子供を当然のように家に迎え入れるなど並の人間には出来ません。そして桃次郎も事実上家族の一員です。

 考えてみれば、あんな温かい家庭が世間にどれほどあるでしょうか?日本が失ってしまったものがあそこにはあるのです。

マドンナよりも…

 トルコ大好きの桃次郎ですが、毎回マドンナに惚れてそこから話が広がっていくのがシリーズの恒例でした。画面に星が散る雑な特撮、普段の下品そのものの素性を必死で取り繕う桃次郎、全ては型通り。ここまでくると能や文楽の域です。

 今作のマドンナは中島ゆたか演じる洋子。桃次郎が惚れるのも無理はない美人ですが、事実上のヒロインは夏純子演ずるモナリザお京です。わざわざクレジットに(松竹)と但し書きがあるのが時代です。当時は映画会社に役者が従属していたのです。他所から借りた役者には所属元を添えるのがマナーでした。

 作中のような女の取り違えの悲劇はこの後何回かありました。そして不思議なもので、取り違えられてしまった女の方が必ず魅力的です。桃次郎のセクシャリティは歪んでいます。

麗しの九州女

 当時の東映映画に出てくる九州の女は実にいい女ばかりです。気が強いがその実優しくて気立てが良く、引くところは引いて男を尊重します。そして当然九州訛りです。たまりません。九州の女性が皆ああなら少子高齢化など起こりえません。

 この野郎の夢のような九州の女像は監督の鈴木則文が作り上げたものです。脚本を手掛けた『緋牡丹博徒』の藤純子に始まり、多くの作品にこの手の九州男児も衆道を捨てるような九州女が出てきます。

 そしてこの九州の女像は多くのフィクションで踏襲され、今やアニメ漫画の世界でも普遍的なものになっています。昔の西部劇に出てきた気の強い美女をハワード・ホークス監督の名を取ってホークス的女性像と呼びますが、この九州の女こそ鈴木則文的女性像なのです。

ワッパの勝負だ

 寅さんになくてトラック野郎にあるのがライバルの存在です。一際派手なトラックでワッパの勝負と称して公道で競走し、ドライブインを破壊する大喧嘩をし、最後はトラック野郎同士の友情でノーサイドです。

 ワッパの勝負は大抵夜です。電飾を際立たせるための工夫でしょう。そしてドライブインでの喧嘩は毎回がギャグパートです。ドリフ並みの大時代的なセンスが爆発です。これは文章では表現のしようがないので実際に見ていただくしかありません。

 今回のライバルは佐藤允演じる関門のドラゴン。さすがに和製ブロンソンだけあって、本当にトラック転がしてそうなむさ苦しさです。本物のブロンソンは元は炭鉱夫だったそうですから。

 そして気前が良く、喧嘩が強く、そのくせ妹思いなナイスガイです。ライバルの魅力がマドンナ以上のこの映画の肝なのです。

最後は爆走

 終わり方は完全に固定化されています。間に合いそうにない道程を桃次郎がトラックを壊しながら走り、何とか間に合わせて締めです。

 今回は洋子が明を迎えに行くために走ります。かように人を運ぶのがAパターンで、積み荷(大抵は魚)を誰かの代わりに急いで運ぶのがBパターン。道中で警察の追跡などの困難に遭遇し、トラック野郎の友情に助けられるのもよくあるパターンです。

 とにかく最後は桃次郎は女を取り逃し、トラックで去っていきます。たまに上手く行きそうになると突き放します。そんなところまで寅さんと同じです。

BL的に解説

トラック野郎とホモ雑誌

 そもそもトラック野郎という職業がホモ臭いのです。トラック野郎のホモソーシャルな絆がこのシリーズを全編にわたって貫いています。

 〇〇野郎なんて名乗ってる時点でホモ臭いではありませんか。例えば特攻野郎、白バイ野郎、冒険野郎、いずれもBL的には最高の作品群です。ぜひ観ましょう。

 そして、峠のトラック野郎しか利用しないようなコンビニではホモ雑誌が良く売れたそうです。隠れて遠征して買いに来る人もいたのでしょうが、トラック野郎にはそういう雑誌を求める人が多かったのもまた事実なのでしょう。

桃次郎×ジョナサン

 これっきゃありません。もうあの二人は議論の余地なきホモです。周りがそう疑っている節があります。あの二人が怪しいと思った時にはもう行く所まで行っている。それはノンケでもままある話です。

 そして桃次郎が千吉を助手に抱えるとジョナサンは激しく嫉妬します。洋子も要因であったように描かれていますが、後の作品では女でどうこうは言いません。清純ぶってはいますがその実ドスケベそうな中島ゆたかも二人の前にはコンドームほどの存在でしかないのです。

 女についてはとやかく言わないが、男だと激しく嫉妬し激怒する。これはかの『ブロークバックマウンテン』でも描かれたゲイのリアルです。

 かくして「こんなホモみたいな奴」とジョナサンは桃次郎を罵り、殴り合いの喧嘩の末に二人は決別します。ホモみたいな奴という言葉の選び方がもう怪しいじゃないですか。ホモフォビアが本当はゲイであるというのはよくある話です。しかもジョナサンは元警官。状況証拠は揃いきっています。

 結局二人は海で褌一本で戯れて和解します。『ロッキー3』のようですが、あのシーンによく考えれば何の意味もありません。しかしBL的視点で見るとここがキーポイントなのは言うまでもありません。ファンサービスですよ。

 そもそもなんで二人とも褌なんだという話です。あなたの周りに褌を締めている人がどれほどいますか?褌を締めている人が必ずしもゲイではありませんが、日常的に褌を締める人はほとんどおらず、ゲイが褌を好むのもまた事実です。

 そしてトラック野郎のパートナー二人がどっちも褌。これで何の関係もないなんて天文学的確率です。

 そして水をかけあい、相撲を取り、砂浜に寝そべって砂をかけあってじゃれあう。四十過ぎたおっさん二人が一体何をやっているのか。ハッテン場として名高い鵠沼海岸でもあんな風景見れません。これでノンケは日本で右側通行を貫くくらい無理があります。あの後絶対ヤってます。

 そして二人がトラックに帰ると由美が捨てられています。ジョナサンは優しく由美を家に迎え入れますが、その一方で桃次郎は事実上二人目の父親として松下家に出入りしています。もう実質二人の間に出来た子供です。

 そんな娘を我が子として当然のように育てる君江は断じてコンドームではありません。そもそもコンドームがあんなに子供を産みますか。むしろ家計の事を考えれば使うべきです。

 しかし、由美が大きくなった時に二人はこの経緯をどう説明するつもりなのでしょうか。正直に二人で海で褌で戯れている間にトラックに捨てられたなんて知らされたら、由美が腐女子に育っていたとしてもグレます。父親とその友人のBLを描ける腐女子(男子)はそうはいないでしょう?少なくとも私は無理です。

お勧めの映画

 独自の統計(主観)に基づきマッチング度を調査し、本noteから関連作品並びに本作の気に入った方にお勧めの映画を5点満点にて紹介します

『トラック野郎 度胸一番星』

『ダイナマイトどんどん』(★★★★★)(楽しい文太兄ぃと夢の九州女)
『関東テキヤ一家』(★★★★★)(シリーズの原型)
『緋牡丹博徒』(★★★★)(野郎の夢、鈴木則文的九州女像の原型)
『河内のオッサンの唄』(★★★★)(夏純子主演)
『ロッキー3』(★★)(波打ち際で戯れるホモ)

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