恋の話でもしましょ ~No.1~
最初に知り合った時、片方の手しか見えなかったことに、少し違和感を持った。とはいえ、特に前置きはされなかったから、片手を袖に通していないだけのルーズな人なのかと思った。
丁寧で感じの良い人だったから、(どうしたのかなー。あ、怪我してるとか?もしかして…まさかね…)程度で、さすがに「腕、どうしたんですか?」なんて、いきなりその部分には触れにくかった。
上着を脱ぐと、しかしやはり、そこにはあるはずの腕がなかった。肩までしか。
片腕のない人だった。
衝撃だった。
私の周りには、五体満足の人しかいなかったから、どうやって生活しているのか、全てが謎だった。私の想像の範囲を超えていた。
むしろ、あまりにも本人が平然と堂々としていて、その話題には触れにくかった。
とはいえ、やはり見て見ぬ振りできる…ほどの小さなことではない。そもそも、彼は隠そうともしていない。
初対面の人に聞かれるのはきっと慣れているだろう。その質問にはウンザリしているかもしれないけど…仲良くなりたいし、それこそ最初しか聞けないし、傷つけたらごめんね、と思いながら、できるだけサラッと聞いた。
「腕…、生まれつきですか?💦」
「あぁ、事故事故(*^^*)」
「大変ですね…」
「いや、別に意外に困らんよ。10年も前のことだし」
そんな…軽い感じ?
えーっ、私は衝撃なんだけど…
ちなみに、切断面はすごく綺麗。肌が綺麗に覆って、肘のようになっていた。
彼の行動を見ていると、驚かされた。残っている方の手と口を使って、器用に何でもこなすのだ。
車も運転するし、着替えも困らないし、仕事もバリバリしているし、ほとんど他人の手を煩わせることはないと言う。
後に、(さすがに絶対無理だろう、やってあげようかな…)と思っていた爪切りも、足を使って上手にすることを知る。人間ってすごい。ビックリした。
「まぁ敢えて言えば…、腕が痒くなったら、ちょっと不便かな?ってくらい」(普通は片方の手で掻きますもんね)
えーっ、そんなもん?
その人と会話をしていると、
10年かけて乗り越えてきた…という感じすら受けなかった。恐らく、事故に合った当初から(まぁ不便っちゃ不便だけど、しょうがないよなー)って感じだったんじゃないか…というような印象。
本当にトラウマになっていたり、コンプレックスになっていたら、そんなもの10年やそこらで綺麗に跡形も無くなったりはしない。精神的な痕跡くらい残る。下手したら余計にこじらせたりする人もいるだろう。
私なら、絶対にこんな風にはいかない…、事故がトラウマになるだけじゃなく、少なくともしばらくは、他人と比べて落ち込んだり、新しく人に会うのが億劫になったり、人生にすら絶望しかねない…と思う。あるいは逆に不幸自慢みたいな方に走るか。それを利用して目立ちたがる…とか。
むしろ、そういう人が大半だろう。
だからこそ、あまりにフラット過ぎる生き様が、ひたすら衝撃的だった。
(約3500文字)
強いというのか、
冷静というか、
客観的というか、
割り切ってるというか、
偏見がないというのか、
何があっても無駄にショックを受けないタイプなのか…
そんな人、今まで周りにいなかった。
ちょっと例えるのは変というか失礼だけど、動物のような感じ。確かに、もしもうちの犬が事故で片方の前脚を失ったとしたら…
痛みが落ち着いた後は、きっと、残っている脚を使って歩き始めるだろう。(あれ?なんか前より不便…?)とは思うかもしれないけど、きっと犬は絶望はしない。他の犬と比べて、俺にはもう生きる価値がない…とか思ったりもしないだろう。
そこに、無駄に感情を入れない。ひたすら現実的。
こんなに深い意味で「まぁ、しょうがないし」と言う人を、初めて見た。
しょうがないの極致。
ある物で、一生懸命生きるのみ。絶望するんじゃなく、どうすれば自分の今の状況で、より快適に生きられるか、しか考えない。
必要以上に落ち込まない。
別に、無いなら無いで平気。何とかなる、何とかする。
その人は、そういうスタンスなのだ。
(そっかー、腕って片方くらい無くても平気なんだー。)一緒にいると本当に、そう思わされる。
そして、我に返る。
いやいやいやいや…、腕ですよ。腕。
私、指を一本なくしたとて、ショック死しそうだわ…
自分の姿を見る度に、喪失感に震えそう。
生まれつき無いならばまだ、自分にとっては、それが普通として生きるから、その境地に立つのは容易かもしれないけれど、当たり前のようにあった自分の一部を無くすということの衝撃は、想像しただけで恐ろしい。
しょうがないなんて、頭では分かってても、実際自分の身に起きたら、冷静ではいられない。理屈じゃない。これは、努力とかってレベルではないのでは…、この強さ、生まれつきなの…?
なぜ、彼はそんなに冷静でいられるんだろう…
不思議で仕方なかった。初めて会った時から、その強さの秘訣、どう生きてきたのか、何が彼の人格を形成してきたのか、もう全てが気になって気になって仕方なかった。
すごすぎて、ずっと考えていた。
それから、何度か会う機会があり、気がついたら…
恋をしていた。
異性として、好きになっていた。
あまりに大きく、衝撃的な過去の後遺症を持ちながらも、コンプレックスに思うことなく、卑屈になるでもなく。変に自慢するでもなく。
過去の話をする時は、「あ、ちなみに、その時はまだ、腕あったんよ。笑」と、笑っていいのか分からないくらいサラッと、冗談のように触れるその強さに。
「でも、俺、片腕ないからな…」とか「片腕しか無い、こんな男で良いの…?」なんて弱気な発言を絶対にしない、言い訳にしたりしない、それが自分の欠点だなんて微塵も思ってない、その生き様に。
徹底的に前向きな、
それでいて控えめな、
草食系かと思えば気さくな、
片腕の男性に、
…恋をした。
だけど、最初はまだまだ、私は慣れなくて。
つい、色々手伝いたい、と思ってしまった。
気を使いすぎて、彼が一人で出来ることに何でも手を貸そうとしたら、(いや、普通にできるから…、今までやってきたから…)と、たぶんプライドを傷つけてしまうんだろうな。
例えるならば、普通の男性に「あ、歩くの手伝おうか?あ、ご飯食べさせようか?」って言うのと同じ。(は?バカにしてるの…?)とまでは思われなくても、(介護か…!)って思われたら、恋愛相手としては見られなくなってしまう。
好きになってほしいならば、女性として見られたいならば、むしろ逆に、私が色々頼りにするくらいじゃないと、男性としては辛いだろう。恋愛としては成り立たないだろう。
だけど、物理的に不可能な部分で頼ってしまったら、さすがに傷つけるかもしれない…。こんな俺じゃ無理かも…なんて絶対に思わせたくない。
だから、できるだけ普通に。
良い意味でほっとく。信じる。心配しない。彼がフラットなんだから、私が無駄に特別扱いしない。
手を出したくても、口を出したくても、私はその人の母親になりたいわけじゃない。恋愛をしたいんだし、男の人として好きなんだし、グッと堪らえようと心がけた。
そう、彼は片腕プレーヤーとしては10年選手。経験豊富過ぎて、よっぽどのことが無ければ、私の手は必要ないのだから。全て何とかしてきたのだから。初心者のアドバイスなんて要らない、失礼なだけだ。
心配し過ぎず、とはいえ、片腕では手間のかかることもあるだろうから、どうせ隣にいるのなら、サラッと自然に手を貸しつつ…
でもさ…好きな人が困ってても気づかないような、気を使えない女性にもなりたくないじゃん。だけど気を回しすぎて失礼なこともしたくない。
…なんて考えると、難しい。
私にとっては、圧倒的経験不足の分野だった。
何が出来て何が出来ないのか、私の知識と経験では分からなすぎて、手を貸しても貸さなくても、不自然になってしまう。
幸い、変にプライドの高い人では無かったし、「大丈夫大丈夫」「ありがとー」って感じでサラッと受け流してくれる大人な人ではあったけれど。
観察するしかない。いちいち聞いても鬱陶しいだろう。本当に困らないのか、(正直、手伝ってもらった方が楽で早い…)っていう部分はあるのか。
色々、考えさせられた。
私の価値観に、大きな影響を与えた経験だった。
そうやって、自分に両腕があることも当たり前じゃないんだなぁ…、人って強いんだなぁ…と思わせてくれる男性に、恋したのだった。
続きはこちら。出会うキッカケは何だったのか。↘
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その後の色々。
そして、事件が…
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ありがとうございます、また書きます。思い出したら、また読みに来てください✨