誕生日というもの。
生まれた時にそれぞれに与えられる日付。
今の時代
『生まれてこなきゃよかった』とか
『望んで産んだんじゃない』とか
いろいろあるよね。
別にそれが悪いとは思わないし
んまぁ
『産んでくれてありがとう』だとか
『あなたが生まれてきてくれてよかった』だとか
そういうので世界が充満すれば一番平和なのかなとは思うけど
まぁいろいろあるよね。それぞれ。
その中から
〈祝ってもらうこと〉について触れようと思う。
うん。
すげぇありがたいことよ。
だって
『ポンっ』
って生まれただけで年に一度チヤホヤされるんだもん。
それが当たり前っちゃ当たり前じゃん?
生まれた時からテンプレのように
『おめでとう』の一言だけでも毎年祝ってもらうことがあるわけだし。
でも
年を重ねるにつれ
クラスメイトみたいな人数と毎日触れることは無くなるし
その中でも仲良い何人かでつるむわけだけど
社会人になればそんなことがずっと続くこともなくて。
それでも特定の『祝ってくれる人』がいるのは感謝な訳で。
しかもその『おめでとう』って言われる側は
特に見返りを求めらることがない特別感が少しは発生してるんよね。
まぁ相手の誕生日に感謝を還そうとは思うにしても。
『おめでとう』『ありがとう』を日常で言ってもらうためには
何かを成し得てからになる。
って考えるとやっぱりとりあえず
『ポンっ』
って生まれたあの日の出来事は
偉大なことだった気がする。
ただ一つ、最近あったことにちょっと触れるとしたら
『誕生日を祝ってもらう為にある努力をしなければならない』
みたいな事象が発生したこと。
ある努力ってのは
少しばかり心身削って状況打開しなきゃいけないってやつ。
ざっくり言うとね。
・・・・・・・・・
・・・・え?
誕生日は何もしたくないから配信の日程も前日にずらしたのに
そんなこと私がするわけないでしょ😤
いえーい
ということで
新しい歳を迎えるにあたって
生き方改革も進めている私です。
今一度
【活動との向き合い方】だとか【ちゃんちゅの皆様】との接し方だとか
そういった基盤をガッツリ気合い入れ直して
両配信ともに順調を極めたい次第。
年末年始あたりに何かしら お知らせ 出来る気がしてる。
誕生日ね。尊いね。
だから
あげちゃんちゅの配信がアナタの誕生日に重なった時は祝わせてください。
アナタにとって嬉しくない日だとしても
私に出会ってくれたアナタの誕生日を私は大切にしたい。
アナタが生まれてきてくれたことで
私は活動を続ける理由がどんどん大きくなっているから。
私の存在意義を作ってくれるのはアナタの存在。
どんなに苦しい明日が待っていても
『あげちゃんちゅの音楽・配信で元気貰ってまた明日も乗り越えられそう』
なんて思ってもらえるように私も動いていくから。
生まれてきてくれて私と出会ってくれてありがとう。
そんな無償の『ありがとう』を伝えるのが『誕生日を祝う』ってことだと私は思う。
知らんけど(°▽°)
おわり。