【ショートショート】 『釜揚げ師走』
「水ももったいねえし、手間がかかってしかたねえや」
蕎麦屋のハンは、茹でた蕎麦を洗いながら言った。
「待てよ? 洗わねえ手もあるか。そうだ。平賀源内ってのが『土用丑の日』って言ってうなぎを夏にも売っていたな。なら『釜揚げシラス』をもじって『釜揚げ師走』だ。年越しそばは茹でてすぐ食うってことにしちまえ」
ハンは早速店の若い者に、『釜揚げ師走』という言葉を広めるように命じた。
「このそば、洗いが足りねえな。まずいぞ」
「なに言ってんだ。『釜揚げ師走』っつって、師走はこれが粋なんだよ」
「へえ、そうなの? ならうめえや」
こうして年越しそばは洗わないというのが広まったのだが…
「なんで年越しなのに客が入んねえんだ?」
ハンが嘆いていると、若い者が出前から慌てて帰ってきた。
「大変です。『釜揚げ師走』ってんで、うどん屋の前に行列ができてます」
「なにい?」
『丸亀屋』といううどん屋がたいそう繁盛したそうな。