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【精神科講談(5)】 『ロジャーズ1 クライエント中心療法誕生』


 1930年代。アメリカのロチェスター児童虐待防止協会という施設で、日々子供たちのために働く、やさしくて、大変に優秀な男がおりました。その男の名はカール・ランサム・ロジャーズ。博士という身分でも当時の心理学者の扱いは低く、やすーい給料で馬車馬のように働かなければなりませんでした。
 ある一日のこと。ロジャーズは不良少年の母親に、「ここでは大人のカウンセリングはやっていないのですか?」と言われました。「え?」ロジャーズは驚きます。というのも、「お母さんがお子さんを拒絶しているのが根本の問題ですよ」と説得することすでに十二回。それでも母親はそれを受け入れず、話し合いはすっかり無駄だと思っていたところであったからです。「やって…いますよ?」
 すると部屋を出て行こうとしていた母親は踵を返して坐り直すと、身の上を話し出しました。ロジャーズはそれにひたすら耳を傾けると、それからあれよあれよと家族関係は改善、少年の非行もすっかりなくなってしまったのでした。
「これは今までの治療のやり方を変える必要がある!」そう考えたロジャーズは精進に精進を重ねます。『問題児の治療』という本を書いたのも評判となり、オハイオ州立大学からお声がかかります。ロジャーズは迷いましたが、妻が、「あなた教えるの好きじゃない」と言いました。そう、ロジャーズは母校で講義をしたことがありましたが、学生からは大人気であったのです。妻に後押しされ、ロジャーズは教授となりました。
「でもなあ、僕の理論なんて平凡だよなあ」そうぼやいていると、
 「え? 先生。先生の理論はかなり新しいですよ?」学生にそう言われたロジャーズは気をよくし、「マジ? 俺って新しいの? だったらヤっちゃう?」と奮起しました。
今こそが勝負どころだ、と思った彼が向かったのはミネソタ大学。そこにはウィリアムソン教授という、患者に検査検査としまくった上で「ああしろ、こうしろ」とアドバイスをするカウンセリング支持者の代表格がいる総本山。ロジャーズの「アドバイスはしないほうがいい」という優しいカウンセリングとは正反対です。そんなところで
 『心理療法の新しい諸概念』
 なんて講演をしたのです。
「えー、これは誰とは言いませんが、とある方の面接の記録でして。上から目線で偉そうなことばっかり言って、患者さんに反発されてなーんの役にも立っていませんね」
「ってこれ、私の面接じゃないか。けーしけしけし、けしからん」ウィリアムソン教授の怒ったのなんの。ところが講演が終わると「ブラボーブラボー」「ロジャーズ先生すばらしい!」の拍手大喝采。
 ここに、ロジャーズの新しいカウンセリングが誕生したのであります。
 「それでロジャーズ教授。教授のこの新しいカウンセリング、なんて名前で呼びましょうか。普及すのためにはやはり、いい名前がないと…」
 「え? 名前? そうだなあ。これまでのカウンセリングが指示的だったから…あ、クライエント中心療法、なんてどうかな」
 「クライエント中心! 国民の生活が第一、みたいでなんかいいですね」
 と言ったかどうかは知りませんが、クライエント中心療法の名で、新しいカウンセリングは世界中に広まっていき、カウンセリングと言えばロジャーズのクライエント中心療法がその代名詞とまでなるのであります。
 これにとどまらず、ここからのロジャーズの活躍が素晴らしいのですが、ちょうど時間となりました。
 「ロジャーズ1、クライエント中心療法の誕生」という一席、これをもちまして読み終わりといたします。



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