【短編A】カーテンに絡まる朝が来る 中編
【企画】#誰でもない誰かの話 に参加しています。
そのとき
女が寝言を叫んだ。
「ごめんなさいとは
思っているんですけど」
この女も寝言を言うんだ。
それまでそんなことはなかった。
いや。
俺が熟睡していただけかもしれない。
妙に気になってしまった。
首を振る。
5:35か。
そうか。
俺はけっこう寝言を言っているのかもしれない。
こいつの寝相の悪いのは
俺がいちばんよく知っている。
本人よりもだ。
同じようにこの女は
俺の寝言をよく聞いてきたのかもしれない。
断片だけ聞いた言葉は
思わせぶりだ。
ちょっとしたミステリーのように。
夢が気になってしまうわけだ。
女を見ると、泣いていた。
え?本当に寝ているのか?
泣いたせいか鼻水も垂れていた。
俺はティッシュを探し
それを拭いた。
するとなんだか
妙にこの女を世話したくなって
ティッシュで鼻をつまんで
鼻水を絞ってやった。
顔は微動だにしなかったから
寝ているのだ。
寝ているのなら
それ以上世話をすることはない。
どんな夢だったのだろう?
女があやまるようなことって。
起きたら聞こうか?
そう考えて、また首を振る。
馬鹿なことを考えちゃいけない。
俺が聞いたら
俺も答えなくちゃいけないじゃないか。
この女がタバコを吸わなかったら?
それはないだろう。それに酒を飲む。
酒を飲まなかったら?
さすがに酒はやめないだろう。
それに女はつきあいを割り切っている。
じゃあ本気になったら?
まさか。それに…
ーーじゃあこの人がトモコじゃなくて
あたしだったら?ーー
冷や水を浴びせられたようになる。
頭の中に言葉が浮かんだだけなのだが
まるで本当の声を聞いたかのように
激しく響いた。
これまでも俺の胸の内で
「◯◯だったら…」「でも…」
が繰り返されてきた。
自分が自分にかけたストッパーのせいで
人への関心ごと吹き飛んでしまった。
しばらくじっとする。
まるで野良猫。
言い得て妙だな。
小さい頃
まだ路上に三毛猫をときどき見かけた。
マンションで飼うことなんてできなくて
学校から帰ってきては
玄関ホールの前で
餌だけやっていた。
ミイと名付けた。
ミイは
なつきそうで
なつかない。
餌の時間にしっかりやってきて
また野外のどこかに帰る。
ある日から来なくなった。
あれが寂しかった。
そんなこともあるよと母親は言った。
「よそで飼われて幸せになっているよ」
本当は納得できなかったが
そうだねと俺は言った。
別れに弱すぎるな
俺。
女が突然連絡してこなくなれば
俺には
トモコという名前しか残らないのか。
よそでは
何て名前で呼ばれているかも知ることなく。
この話はこちらの続きであり、
この企画に参加した作品です。