【短編小説】最高気温22℃
こんにちは、深見です。
今日は小春日和のいい気候でした。週末は冷えるようですが。
最高気温22℃
「おや、あなた、もしかして」
「おや、あなたも、もしかして」
「ええ、私も。あちらの方も、そうでは?」
「ああ、本当だ。もし、そこの方。あなた、最高気温22℃ではありませんか」
私が声を掛けますと、その方はゆっくりと振り返り、「おお」と感嘆の声を上げられました。
「なんとまあ。あなた方、お二方とも、最高気温22℃ですか」
「その通りです。私たち、最高気温22℃です。驚いた。こんなに数が揃うなんて。今日はよっぽど、最高気温22℃なんですねえ」
「そうですねえ」
私たちが集っていますのは、遊具と芝生のある小さな公園です。平日の午後、私たち最高気温22℃は、この公園で思いがけず一堂に会したのでした。
「いや、珍しいこともあるもんですね。私、去年の10月上旬の、最高気温22℃です。失礼ですが、あなたは」
「私は、10年ほど前の、11月中旬の最高気温22℃です」
「へえ。それは、暖かくて良うございますねえ。では、あなたは」
「私は、5年前の9月下旬の、最高気温22℃です」
「おやまあ、それはずいぶん肌寒い」
「ええ、残暑の短い年でしたからね。皆さまに風邪をひかせてしまい、申し訳ない気持ちでしたよ」
そうです、私は肌寒い最高気温22℃です。私たちはみな最高気温22℃ですが、ひとくちに最高気温22℃と言っても色々あるのです。
9月の最高気温22℃は、残暑も去って少し肌寒く感じる22℃です。10月の最高気温22℃は、秋らしく過ごしやすい日の22℃。11月や12月の最高気温22℃は、まるで春がやってきたかのような、穏やかで暖かな22℃でしょう。
「いや、面白い。同じ最高気温22℃でも、これほど違うものなんですねえ。我がことながら、不思議な気持ちです」
「こんなに大勢の最高気温22℃が集まることは、そうありませんものねえ。おや、」
10月の22℃の方が、公園の向こう側のベンチに座っている方に目を向けました。
「あちらの方も、そうではありませんか?」
どうやら、そのようです。その方はベンチに腰掛けて、よちよち歩きの子供が遊ぶのを、じっと見つめておりました。
私たちは失礼にならないよう、その方の視線を避けるようにして近寄ってゆき、「もし」と小さな声で話し掛けます。
「もし、失礼します。あなた、最高気温22℃ではありませんか」
そうしますとその方は、最初から私たちのことに気が付いていたような調子で「ええ」と答えたのです。
「ええ。私も、最高気温22℃ですよ」
「やっぱり。今日は本当に、正真正銘、最高気温22℃なんですねえ。私たち、みなそうなんです。なんだか、嬉しいですねえ」
でもその方は、浮かれている私たちとは対照的に、どこか寂しげなお顔をされていたのです。
それで私たちは笑顔を引っ込めて、敬意を込めて尋ねたのです。あなたは、いつの最高気温22℃ですか、と。
「私は、もう200年も前になりましょうか。8月中旬の、最高気温22℃です」
「はちがつ!」
私たちは驚いて、お互いに顔を見合わせました。
「8月ですか。8月といえば、この辺りでは、30℃とか、32℃とかになるでしょう」
「最低気温でも、22℃より暖かいでしょう。それなのに、最高気温22℃なのですか」
「ええ。8月にしては酷く寒いでしょう。寒かったんです、あの年の8月は。あの年だけでなく、その次の年も、その次の年も。たくさんの人が死にました。子供も、たくさん死にました」
8月の22℃さんの視線の先には、ゴムボールを追って走る子供の姿がありました。母親らしき女性が、ボールを拾って子供に手渡します。子供はボールを手に持つなり、あさっての方向に放り投げて、甲高い声を上げながらまた追いかけます。
その様子を、じいっと見つめているのです。それは、深い深いかなしみと、慈愛のこもった眼差しでした。
「11月の最高気温22℃は、良い気候ですね」
子供の動きを目で追いながら、8月の22℃さんが言いました。
「暖かくて、まるで春のようだ」
私は、どうにも胸が詰まって声が出ず、ただ無言で頷くことしか出来ません。同じ最高気温22℃でも、私たちはこんなにも異なるのです。そのことが今さら不思議で、今さら切なく感じるのでした。
それから私たちは、並んでベンチに腰掛けました。
ボール遊びをしていた子供は、「帰っておやつにしよう」と提案した母親について、家に帰ってしまいました。
パソコンを携えて芝生の上に座り込み、何やら仕事をしている様子の若者は、あんまりの気候の良さにぽかっと大口を開けてあくびをしています。
ウォーキングをしているお爺さんの携帯ラジオから、アナウンサーの方の声が漏れ聞こえてきました。
『本日の最高気温は22℃。暖かく、過ごしやすい1日になるでしょう……』
おわり