![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/122031070/rectangle_large_type_2_56ac2492006c891f2d1b136dda6c5b43.png?width=1200)
【短編小説】ボストンバッグ・エスケープ
こんにちは、深見です。
冬の電車は、足元が暖かいのが良いですね。
ボストンバッグ・エスケープ
足元には渋い色をしたボストンバッグがある。
渋い色というのは私の主観であって、でも私はこの色の名前を知らないので、主観的言語で表現するほか手立てがない。茶色じゃないし、灰色でもないし、黄土色でもないし。とにかくそういう色のボストンバッグが、私の足元に、ある。私の全財産が入っている。
そう大きくもないバッグの中に、ちんまりと収まってしまう私の人生。そういう生き方をしてきたのなら誇れるのかも知れないけれど、私は結果としてこれくらいになってしまっただけ。もう少したくさん持ちたかった。せめて海外旅行用のキャリーバッグぶんくらいは。
逃避行よ、つまり。
向かいのシートに座っている女子高生に、無言で囁きかけてみる。彼女の耳にはイヤホンが刺さっていて、そのイヤホンはどこにも繋がっていない。初めは理解不能なオシャレか、奇妙な流行りなのかと思ったけれど、最近知ったところによると、どうやらワイヤレスイヤホンというものらしい。コードなんてなくても良いのだ。
目には見えない繋がりね、つまり。
不可視のもので、私も繋がっている。たぶんどこかの誰かと、ワイファイだかナントカトゥースだかを飛ばし合っている。
ただ今は、交信先が分からないだけ。分からないだけで、繋がっているはずだ。だから私は、そこへ行く。渋い色のボストンバッグを持って、ローカル線に揺られて。
逃避行。彼女みたいな若い子だったら、映画か小説の題材になりそうね。それか、私みたいなオバサンでも、もっとドラマがあれば。
例えば、悪い奴に追われてるとか。それか逆に、悪いことをして逃げているとか。逃げて、どこかに行く。だから逃避行。どこにも行かない場合、ただの逃避。
渋い色のボストンバッグに、私の人生が詰まっている。嘘。詰まっていない。端っこの方によれて固まっている。斜めにしちゃったお弁当箱の中身みたい。ぐちゃ。潰れて。私の人生。
不可視の絆なんてものはない。ケーブルはどこにも繋がっていないし、私とどこかの誰かの間にワイファイなんて飛んでいない。行くあてもない。何から逃げているかも分からない。
でも、逃避行なんだから、どこかへ行かなきゃね。
ローカル線でどこまで行こう。どんな電波も届かない場所がいい。
おわり