まき貝【ミモザ×el faroコラボ小説】
これはミモザさんとプロットを提供し合い、それぞれが小説を書くという企画です。
こちらはミモザさんのプロットで、私el faroが小説を書きました。
まき貝 本編 1024字 1K
僕の耳元でやさしい波が砕ける。白く泡立ち、届かなかった思いを悔いることもなく、それは静かに遠のいていった。
ここに来たのにさして理由がある訳ではない。ケーキを食べる習慣もない。僕は自分の行動を不可思議に感じながら、ショーケースを覗いている。
「これを、ください」
目に留まったケーキを指さしていた。
「ありがとうございます。タイム、ローズマリー・・・生クリームを添えますとまた違った味わいが・・・」
「あ、あありがとう」
やわらかい女性の声だった。でも白いスカートの、もしかするとエプロンの端しか覚えていない。
その声には聞き覚えがある気がしたが、たぶん気のせいだ。女性と話したことなんて、もう覚えていないくらいだ。
次の日曜日も僕はケーキ店にいた。
「いらっしゃいませ」
あの子だ。今日はあの子しかいない。
「あの。先週いただいたのがあれば」
「申し訳ありません。あのケーキはもう・・・」
彼女が口ごもったので、僕は顔を上げた。困った顔がいきなり解けて、みるみる眩しくなり、見えなくなってしまった。
「どうぞ、『これは灯台なの。これが元に戻れば私たちの・・・』これを」
彼女の手の中からひとつの白い巻貝が僕の掌に零れた。
「あの、これは?」
店のドアが開き、僕は居場所を失くしてそこを出た。
彼女は灯台って言った。確かに言った。手の中の貝は普通の貝とは違う左巻きの巻貝だった。
事務職の僕は平日に動き回ることはできないけれど、休日は灯台を巡ることが習慣になった。
しかし半年経っても何もないまま、時だけが過ぎていった。
浜辺で僕は途方に暮れた。彼女の言葉は幻聴だったんじゃないか。そんな思いが過る。
波を見ていると、僕はこれと同じなんじゃないかと思えてくる。同じところを行ったり来たり。
巻貝を海に翳してみる。
「ああ、なんてきれいな灯台だ」
それは光る青の中に紛れもなく立っていた。
「いらっしゃってたのですね」着物姿の彼女だった。「あなただけでもやり直すことはできませんか」
「君だけなんだ。他の事はどうだっていい」
僕は腰帯に刀を差していた。
静かに波が寄せている。
「この景色を、海を覚えておいてください」
「ああ、忘れない。あの灯台は忘れない」
彼女の腕が僕の首に縋りつく。抱きしめると、波のように止めどない涙が溢れた。
ハッとして前を見ると、手の中の巻貝は消えていた。
僕はケーキ店のドアを開いて、彼女の手を取った。
「さよ」
彼女は何も言わず、ただ頷いた。
僕と紗世は三浦半島の灯台の見える家で暮らしている。
了
ミモザさんのプロット
ミモザさんってこんな人
作品とご紹介
私はFantagistaミモザさんとお呼びしているのですが、何気ない日常にふっとファンタジーを創り上げる方です。あれあれ・・・と思う間にその世界に惹き込まれていってしまいます。夢なのか現なのか、そんな小説を書かれる方です。
私の拙いプロットがどんなファンタジーになるのか!
ミモザさんの部屋にもぜひ!