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秋と本 シロクマ文芸部


ためいきの


秋と会った   【1090字】

秋と本当に会ったのか?
と訊かれて、ぼくはこくんと頷いた。
夏休みの感想文に「秋と会った」と書いたからだ。先生が信じていないのは、ぼくにもよくわかった。本当は夏休みではなかったけれど、ぼくの夏はそれしかなかった。


蝉がけたたましく教室の窓を震わせていた。小学生最後の夏休みに入る間際の学校からの帰り道、ぼくはいつもは通らない暗い自然公園の中に入った。
後ろから誰かはわからないけれど、小学生らしい大きな声がどんどん迫ってきていたからだ。ちょっと恐ろしくなったんだ。
公園を通ると遠回りになる。でもそんなこと気にしてはいられなかった。

公園の入口は夏の陽に燻された葉が力なく樹々にぶら下がっていた。遊歩道をまっすぐ進むと、前日降った雨のせいか、息づいた鮮やかな苔の緑が眩しかった。
それを道なりに曲がっていくと、曲がり切った先で強い風に頬を打たれた。かまわず冷えた風に向かって一歩進むと、体が僅かに沈み込んだ。足元は枯葉で埋まっていた。目を上げると樹々が色づいていて、歩を進めるごとに、色は濃く鮮やかになっていった。何が起きたのかわからなかった。


後ろに人の気配がして振り返った。
同じクラスの木下琢磨だった。
「おまえがここに入っていくのが見えたから」
「うん、キレイだよね」
「おまえ、どうやったんだ?」
「これが秋なんだと思う」
「キレイだな」
琢磨はこのところ教室でなにかとちょっかいを出してくるようになった。ぼくが嫌がっているのを喜んでいるんだと思っていた。
「何か用か?」
「イヤなんでもないよ。一緒に見てていいか」
「かまわないよ」
琢磨はぼくより秋に感じ入ったように見えた。目を見開いて、つぶさに秋を見ている。
そんな琢磨の真似をして、ぼくもぐるりと頭を回してみた。黄色い葉がゆっくり舞いながら落ちていく。上手く言えないけれど、それはここに何かやり残したことでもあるような、ただの綺麗な散り方ではないように思った。
どんな悔いがあるんだろう。
もしここに見える幾万の葉の全部にほんの少しの悔いがあったなら、どれだけの祈りが必要だろう。

琢磨は降ってきた葉をキャッチして言った。
「ぼくはここにちょっとだけ祈りを込めておくよ」
そう言って、葉を地面に置いた。


やがて公園の出口に近づくと、空気が温かくなった。すると琢磨は急に何かを思い出したように走り出した。
「じゃあな、元気でな」


木下琢磨はその日を最後に転校してしまった。
彼はあの日、どうしてぼくを追ってきたのだろう。あの秋を呼んだのは琢磨だったんじゃないのか。そんな気がする。
ぼくたちはお互いによくは知らないけれど、あの一瞬の秋はぼくたちだけの思い出として残っている。
      了


ひたぶるにみにしみて


小牧部長さま
よろしくお願いいたします


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