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紅葉から シロクマ文芸部


冬よ


美しき死体   【1531字】

紅葉から出てきたのは女性の死体だった。発見者は近くの住人で、日課の早朝の散歩をしていたところ、紅葉の掃き溜めから手首が覗いていたのだという。
警察の手によって紅葉の中から掘り出された燻んだ赤いワンピースの女性は、紅葉から今、生まれ出たのではないかと思われるほどに美しかった。

身元はすぐにわかった。近くのアパートに住む村山楓21歳。急行したアパートには男がいた。男はこの部屋の同居人、北風広樹29歳。そしてすぐに犯行を自供した。どうやら逃げる気はなかったらしい。

北風は押し入れに放置していた扇風機のケーブルで首を絞めて殺した後、このまま部屋に放置するのは忍びないと考え、夜中に現場まで運んだとすらすらと語った。
しかしその動機は曖昧だった。ただ「ぼくを見て怯えたから殺した」とだけ語った。

北風は殺人罪で起訴され、懲役15年の判決が下された。そこに至るまで、北風広樹の表情はいっ時も歪むことはなかった。

それから15年。北風広樹は模範囚だったと聞くが、身元の引き受けがなく、刑期満了で出所した。すでに40歳も半ばに差し掛かっていた。

出迎えたのは事件の担当刑事だった山内ただ一人だった。北風は刑務所の門を潜って山内の顔を見ても、何の反応も示さなかった。
「お勤め、ご苦労様でした」北風は一言も発しないばかりか、山内を見ようともしなかった。「あなたは本当に天涯孤独のようだ。あなたと関わりがあるという人が捜査この方、一人も現れなかった。こんなことは初めてでした」
北風が手にしているおそらくは彼の全財産はぺちゃんこに凹んだ小さなバッグただ一つだった。同じように彼自身も北風が吹けば飛んでしまいそうなほどに薄くなっていた。
「私も一昨年、あなたより一足早く期間を満了して退職しましてね。あなたのことだけが、喉につっかえていました。あなたが唯一といっていい親しい人をどうして殺したのか、その理由が知りたい。あなたと村山楓さん、仲が良かったそうじゃないですか。私はほぼ町中の人に聞いて回ったという自負がありますよ。あなた方を悪く言う人は一人もいなかった」
北風の顔は翳りもしなかったが、思い出してくれていると山内は信じたかった。
「それで私ね、楓さんの過去をちょっと調べてみました。彼女がまだ10歳のころ、一回だけ警察との接点がありました。もう25年ほど前のことということになりますが、ある事件の目撃者として話を訊いていました。しかし彼女は何も見ていなかった」
北風のゆっくりとした足取り、バス停へと向かうそのリズムが少し崩れたように山内は思った。
「その未解決事件は通り魔事件として警察は処理しています。楓さんはその現場のすぐそばにいたはずなのですが、何も見ていなかった」
北風はまた元の静かな姿勢に戻っていた。
「これは警察内部の資料なんで、表には一切出てはいないんですがね。10歳の彼女の精神鑑定の記録です。彼女が事件を目撃していたか、いなかったかは推測の域を出ないというのが結論でした。補足意見として鑑定医は、たとえ目撃していたとしても、それは楓さんの潜罪意識の奥底に深く沈められ、もはやそれを取り出すことはできない、というものでした」
北風の顔は少し青ざめているように見えた。
「あなたは取り調べの時におっしゃってましたね。『ぼくを見て怯えたから殺した』そう言っていましたね。その言葉は真実だったろうと私は思っています。でも楓さんは何も思い出してなんかいなかったんだと思いますよ。精神科医によると、潜罪意識の奥底にあるものは自己防衛本能という硬い殻に包まれていて、ふと思い出すようなことはないのだそうです」
バス停でバスを待つ北風広樹は目を剥いた。そしてその場に膝をつき、ついには嗚咽を漏らした。
      了

立ち去れ


小牧部長さま
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