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映画『ブックスマート 卒業前夜のパーティーデビュー』感想 ギャグで伝えられる新しい理想的な価値観


 この作品に出てくる登場人物、全員愛おしいです。映画『ブックスマート 卒業前夜のパーティーデビュー』の感想です。

 ハイスクール卒業を目前に控えたモリー(ビーニー・フェルドスタイン)とエイミー(ケイトリン・デヴァー)。親友同士の2人は、真面目に勉学に励み、生徒会の仕事も立派に務め上げて、名門大学へ進路を決めて華々しい未来へ向かう…はずだったが、卒業式前日に他のリア充同級生たちも、同レベルの大学へ進学を決めている事実を知る。ティーンとしての楽しさを満喫出来ていないことに焦りを感じたモリーは、渋るエイミーを説得して、学年イチの人気者ニック(メイソン・グッディング)の家で開かれる卒業前夜のパーティーに参加することを決意。2人は、めかしこんでパーティーに向かうも、ニックの家の住所がわからなくて…という物語。

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 俳優としても名のあるオリヴィア・ワイルドによる初監督作品。青春コメディ映画みたいなジャンルになるんでしょうけど、今までのものとは一線を画す価値観を提示してくれる作品になっています。

 まず「コメディ」という呼び方よりも、「ギャグ」という方がしっくりくるんですよね。とにかくハイテンポで繰り出される笑いの波状攻撃は、日本のギャグ漫画のテンションに近いものがありました。現実にはまずいないだろというキャラや、あり得ないシチュエーションがエキセントリックに繰り広げられる様は、『マカロニほうれん荘』系列のギャグ漫画ぽいですね。古くは『らんま1/2』『ハイスクール奇面組』や、岡田あーみん作品みたいなテンポに似ています。

 もちろん実写映画だし、漫画ほど現実離れしてはいないんですけど、富豪のジジ(ビリー・ロード)の神出鬼没な感じとか岡田あーみん作品ぽいし、タクシー乗ったらブラウン校長(ジェイソン・サダイキス)がバイトで運転手してるとか、完全にギャグ漫画の笑いなんですよね。

 そのお笑い部分(下ネタ強め)も楽しいんですけど、そこで引きつけつつ、実はジェンダー問題、LGBTの描き方を圧倒的に正しく描いているのが最大の魅力なんですよね。
 主人公である2人の女の子は、日本で描かれるなら「陰キャ」でスクールカーストの底辺に位置するような感じになってしまうと思うんですけど、この2人の会話は実にユーモアがあって楽しそうだし、親友同士でお互いを肯定し合うというのも好感が持てます。まず前提として、物語以前の2人の人生を虐げられたものとして描いてはいないんですね。

 モリーの体型はぽっちゃりしていて、エイミーはレズビアンであることをカミングアウト済みという個性の2人なんですけど、他の同級生たちが、それで差別したり悪口を言っている場面は一切出てこないんですよ。ガリ勉をからかったりする軽口はあるものの、深刻な心の傷になるような言葉をこの2人に投げかけてくるキャラは一切登場しないんですね。
 この2人にだけでなく、作中には様々な人種の人間が登場しますが、それに対して性格の悪いキャラが差別するみたいな描写も、一切排除されています。

 正直、リアリティに欠けているとは思うんですけど、リアルを描くことよりも重視したのが、「現実よりもこっちの世界の方が正しい!」という表現だと思うんですよね。
 そうするとキレイごとを並べたユートピア描写で入り込めなくなってしまいそうなんですけど、そこは、先述したようなテンポの良い漫画的ギャグ要素が、リアリティの無さと上手くシンクロして、そういう世界と受け入れられるというか、むしろ「こいつらの日常、最高じゃね?」という風に羨ましくなってくるんですね。
 結果として、多様性を認める差別の無い世界が素晴らしいものであると、高らかに宣言できる見事な構造になっているんですよね。素晴らしい。

 それと、輪をかけて最高なのが、使用されている音楽のセンスなんですね。HipHopをメインとして、様々なパーティーチューンが劇中で使用されているんですけど、知っている曲も知らない曲も、すげー良くて、この作品のプレイリストでずっと踊っていられそうでした。
 映画『WAVES』で「プレイリストムービー」という謳い文句が使われていましたが、むしろ、こっちの方がその名を冠するのにふさわしいと思います。
 白眉はエイミーがプールで泳ぐ場面。哀しいシーンではあるんですけど、ここで使用されるPerfume Geniusの「Slip Away」が本当に美しい演出になっているんですね。
 楽しいことばっかり描いているように見える作品ですが、きちんと哀しいことも描いているし、「哀しい」が「美しい」ということも分かっている作品だから信用できるんですよね。

 キラキラした学生時代の物語が描かれる時、どうしてもその影にいることになる僕のような人間は黙殺されているかのような気分になるんですけど、この作品ではそこもきっちり呑み込んで、全ての人間を受け入れてくれているんですよね。本当に全てのキャラが良いヤツに描かれているのに、嫌味になっていないのが凄い(殺人犯まで良いヤツなのかよ、という)。

 そして、今作でのジェンダーや人種の描き方は、完全に未来に向けてアップデートされた価値観によるものになっていて、まさに来るべき世界の理想モデルになっていると思います。今、世界中の人間が価値観のアップデートの真っ最中だと思いますが、一足も二足も先にそれを示してくれているんですね。

 現実世界は分断で酷い有様になってはいますが、だからこそキレイごととしてのフィクションが必要なんだと思います。
 監督のオリヴィア・ワイルドは、意識的に悪役になるようなキャラを作らないようにしたとインタビューで答えているそうですが、素晴らしいですよね。もう細かいところで、誰が悪いとかを詰めている時間が勿体ないんですよ。

 何も考えずに観ても楽しいし、深く考えて観ると、なお感動する。今年を代表する1作だと思います。


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