【CALメンバー紹介】カリスマ的幻想作家、松本玲佳の魅力に迫る
♦︎松本玲佳と幻想文学の最前線
2022年に発足した文芸叢書CAL(Classic Anthology Library)では、デザインエッグ社から毎年2回、幅広いジャンルでアンソロジー小説を企画・出版しております。
この度、第4回企画「ヴァンパイア(吸血鬼)」をテーマにしたゴシック・アンソロジー『黒の聖餐』を10月10日に出版いたします。
本書には総勢18名の実力派人気作家が御参加して下さり、文学を愛する5名の編集部メンバーの御協力のもと完成いたしました。
今回は出版記念といたしまして、第4回企画にご参加くださった寄稿者様の中から、作家の松本玲佳様について御紹介させていただきます。
松本様は2023年4月10日に発売された『サロメ座の華』に、佐藤玲花様名義で「神秘なる化身」を御寄稿下さいました。
『サロメ座の華』は「ファムファタル」をテーマに、私を含めて15名の作家が参加したアンソロジー小説で、現時点でCALから出版された書籍のうち、最も人気のある作品となっております。
X上の書評やAmazonのレビューをチェックしていただくとわかるように、松本様の「神秘なる化身」の評価は極めて高く、洗練された文体を駆使してイメージを豊かに喚起させる力には傑出したものがあります。
この作品については、筆者による評が『サロメ座の華』の「総解説」に収録されていますが、ここで若干御紹介させていただくと、これは予知や幻視の力を持つ一人の女性が運命的な一人の男性に出会うという物語です。
御参加くださった全作家様が自由に「花言葉」を選択するという企画でしたが、松本様は「神秘」を意味する花「ガーベラ」を選んで下さいました。
今でも筆者の脳裏に焼き付いている情景は、雪がしんしんと降る静寂に包まれた橋の上で、ヒロインと男性が初めて出会う場面です。
色彩的なコントラストを意識した非常に見事な描写で、神秘的な雰囲気と相まって瞬く間にその物語世界に引き込まれました。
純文学、幻想文学の愛読者からはすでにカルト的な人気を集め、ファンの方にも多数囲まれている松本様がCALメンバーになって下さったことは、編集長である私にとってこの上ない幸せでした。
松本様は生まれながらに人を惹きつける才能をお持ちなのか、作品が公開されている以下のどのサイトでも多くの読者様に恵まれ、続きが早く読みたいという声が飛び交っています。
今回の特集記事では、公開中の作品の中から編集長が特におすすめしたい『二つの海』という中篇小説の魅力をご紹介させててただきます。
♦︎『二つの海』の中で描かれる海辺での神秘体験
私はこの作品をこれからも何度も繰り返し読むつもりですが、第四章「孤独を知る命たち」には、海の事故で母を亡くして思い悩んでいた語り手の少女が、海辺で神秘的な体験をする様相が描き出されています。
彼女はそこで、自分の「内部に広がる小さな海」を発見し、「自我」と「宇宙」が確かに繋がり合っているということに気付きます。
興味深いことに、この内なる宇宙の発見と、母子一体的な揺籃期の記憶は分かち難く結び付いており、いわば語り手の少女にとって「内なる海」こそが回帰すべき「母の子宮」として直観されています。
このような観念は古今東西の宗教や神秘主義の歴史とも密接な関係を持っています。
かつてパラケルススは、人間の身体の内部を小宇宙に準え、ミクロコスモスとマクロコスモスは照応しているという学説を展開しました。
ビンゲンの聖ヒルデガルトは『スキヴィアス』の中で、大宇宙の本質を神の「子宮」(matrix)と表現しています。
ヒンドゥー教の哲学者シャンカラも『ウパデーシャ・サーハスリー』(千の詩節からなる教説)の中で、宇宙の根本原理ブラフマンと、認識主体の自我アートマンに本質的な区別は存在せず、究極的にはまったく同一であると主張しました。
またブッダの『ウダーナヴァルガ』(感興のことば)第二十二章には、「内をも明らかに知り、外をもはっきりと見て、よりどころにとらわれないで明らかに知る人は、実に音声に誘われることがない」と説かれており、やはり自己の内部/外部の究極的な表裏一体性がニルヴァーナの前提として規定されています。
傍証がやや長くなりましたが、私が『二つの海』のこの場面に注目したのは、文学的表現によって到達可能な真理がここにこそ表明されているからでした。
驚くべきことに、洋の東西を問わず、内なる自己と外なる宇宙の根源的一体性を説く哲学・宗教は他にも無数に存在しており、共通してこの一致こそが世界の真理であると表明しています。
仏教哲学にも通じていたヘーゲル自身、『精神現象学』の中でこの絶対的な境位を「具体的普遍」(個別的な自己と普遍的な存在の思弁的統一)として概念化しました。
つまり、この問題系には東洋思想と西洋思想を繋ぎ合わせる鍵が眠っていると言えます。
このような文脈からも、『二つの海』というタイトルを、ミクロコスモス(アートマン)とマクロコスモス(ブラフマン)のメタファーとして解釈することは可能だと思います。
『二つの海』第五章「謎の手記」には、語り手が海辺でカトリック信者の御老人と対話する場面が描かれています。
この場面は第四章と連続しており、興味深いことに海辺での神秘体験が起きた直後として構成されています。
彼は語り手に以下のように語りかけます。
この御老人との対話と、語り手の少女が経験した脱我的な超越は物語内の時間順序において明らかに連続しています。
換言すれば、これは「内なる海の発見によって、この世界のあらゆる試練は超克できる」という著者からの秘密のメッセージのようにも受け取ることができます。
このように、松本様の文学世界には思想的、神秘主義的なレベルで極めて内容豊かで啓発的なものがあり、無限に註釈を加えていけるような魅力を宿しています。
「神秘なる化身」、そして最新作となる「プロセウコマイ」を含め、人間を救済するのは宗教だけではなく、文学にもそれが確実に可能であるということを私は松本様の小説から教えられました。
聖書はまさにこの両方に跨っているからこそ、今日にまで世界中の人々に読み継がれてきたのだと。
♦︎作家 松本玲佳が誕生するまで
ここで松本玲佳様という作家がどのような文化に影響を受けてこられたのか、御本人様へのインタビューを元にしてご紹介させていただきます。
少女時代の松本様は、幼稚園の頃からほぼ毎晩、芸術愛好家の御両親から絵本の読み聞かせをしてもらっていたことがきっかけになって文学に興味を持ち始めました。
最初は児童文学や詩を愛好しておられましたが、小学校低学年あたりから半ば無意識に御自身でも絵本を作るようになりました。
作った絵本を友達に配ったところ、思っていた以上の反響の大きさに驚き、教師陣からも高評価を得て校内新聞にまで二度掲載される快挙となりました。
御家族もこの出来事をたいへん喜ばれたそうで、松本様の文学活動にとっても重要な体験になりました。
その頃、父親から時折「直木賞作家や芥川賞作家を目指しなさい」と言われていたそうですが、幼くして達観していた松本様は賞というものや名声が持つ世俗的な側面にほとんど惹かれませんでした。
我が道を進めば自ずと支持者が集ってくるという圧倒的な自信が、すでにこの頃の松本様には芽生えていたのでしょう。
松本様は早くから、「生きる意味」を文学の表現の中に見出していました。
彼女にとって小説を書くことは、呼吸と同じようにごく自然なものだったのです。
高校時代になると、御両親の英才教育の一環でアメリカの高校に留学することになりました。
その当時のホームステイ先のホストファーザーがプロテスタントの牧師だったので、毎日のように教会に行っておられたそうです。
田舎町だったので日本人はほとんどおらず、やりとりはすべて英語でした。
日本語からかけ離れてしまったことで、松本様の日本語による文学活動は一時的に滞ってしまいました。
しかし、老若男女を問わず人を惹きつける天性の才能をお持ちの松本様は、アメリカでも様々な人種の方々と友好関係を結んでいかれました。
当時の松本様はキリスト教にもたいへん大きな関心を寄せておられましたが、同時にブッダの教えにも多大な敬意を払っておられました。
宗派を超えて、伝統宗教の最良の教えから学ぼうとする方向性はきっとこの多文化的な環境から自然に体得されたのでしょう。
アメリカ時代の松本様は、X Japanを中心とした音楽にも大きな関心を寄せていました。
メンバーのhideのソロ楽曲を聴かせたところ、何人かのアメリカ人が衝撃を受けていたそうです。
同じ日本人として、言語の壁を壊せる文化が存在するということに松本様は強く揺さぶられたと言います。
帰国後、松本様は再び文学と音楽の活動を開始しました。
日々精一杯の研鑽を重ねられ、文学においては20冊ほどの詩集、短編小説集、エッセイを書かれました。
作品はどれも人気を博し、アンケートにも毎回素晴らしい反響がありました。
その後、御関心は次第に文学や西洋文化への関心へと移行していかれました。
小説や詩集だけでなく西洋占星術にも大きな興味を寄せられていったのは、松本様の神秘主義的な方向性を物語っています。
二十代になるとヨーロッパに渡り、様々な国の人々と親睦を深められ、とりわけフランスでは男性の方々からの人気が高かったようです。
それからも文化的に洗練された時が流れ、mixiでは女優でアーティストの由良瓏砂(現CAL副代表)様とお知り合いになりました。
そこで由良様に表現を褒めていただいたことが非常に嬉しかったそうです。
様々なジャンルに意欲的に取り組まれている松本様は、その後『長い夜』という人生初の長編ホラー小説に挑戦されます。
こちらをノベルアッププラスに連載していたところ、何度もランキング首位に上がり、ライト文芸作家の木立花音様にも御評価していただいたそうです。
その後、松本様の素晴らしい文学活動に注目していた筆者(CAL代表)がスカウトさせていただき、第二回企画『サロメ座の華』よりメンバーとして御参加していただけることになりました。
松本様がどれくらい多くのファンに恵まれているかがよくわかるエピソードとして、彼女がコロナに罹患して入院したことがYahoo!ニュースその他のメディアで大々的に記事になったことが挙げられると思います。
入院中にも芥川賞作家を含む、多くの文化人の方が松本様に沢山のエールを送っておられました。
私もDMですぐさま安否を気づかい、無事であることに心から安堵しました。
松本様と同じく、私も「人間はいつ死ぬかわからないので、書くものすべてを遺作だと思って全身全霊を込める」という信念に強いシンパシーを感じております。
松本様は第7期ゲンロンSF創作講座卒業生でもあり、小説作法について誰よりも深い技術と知識をお持ちです。
五カ国にも及ぶ外国での滞在経験や、少女時代から文学を愛し、実作を続けてこられたことも、現在の彼女が作家として健筆を奮っておられることに繋がっていると思います。
♦︎松本玲佳が描く現代の吸血鬼とは?
今夏発売予定の吸血鬼アンソロジー小説に、松本様は「プロセウコマイ」という小説を御寄稿下さいました。
詳しい内容は伏せますが、ここではこの不思議なタイトルの意味について、作品の魅力とあわせてご紹介しておこうと思います。
知られるように、新約聖書には「祈り」という言葉が多く登場しますが、その原語はギリシア語の名詞プロセウケー(祈り)です。
このプロセウケーの動詞形がプロセウコマイ(proseuxomai)であり、その意味は神の言葉に耳を傾けること、すなわち「祈る」ことです。
代表的な箇所を一つ挙げておくと、「祈り求めるものはすべてすでに得られたと信じなさい」(マルコ十一24)という言葉の「祈り」の部分がまさに「プロセウコマイ」に当たります。
人間はどのような時に祈るのか、祈らねばならないと強く感じるのでしょうか。
それはまず危機に瀕した時、得体の知れない存在に出会った時でしょう。
松本様の「プロセウコマイ」が吸血鬼小説であるということ、そしてそのタイトルにこの古典的なギリシア語が起用されているということから、勘の鋭い読者様はすでに何が起きるのかが予感できるかもしれません。
抽象化して言えば、吸血鬼とはキリスト教圏の地方伝承が生み出した悪魔的形象を指しています。
実際、悪魔学の世界的権威ロッセル・ホープ・ロビンズの『悪魔学大全』には、無数に存在する悪魔のカテゴリーの一つとして「吸血鬼」が位置付けられています。
したがって「プロセウコマイ」は、「もし現代人が悪魔に出会ったら?」という問題に真摯に取り組んだ小説として解釈することもできるでしょう。
いずれにしても、この作品は吸血鬼アンソロジーに収録されている全作品の中でも、際立って「敬虔さ」の重要性を考えさせる作品です。
今回の特集記事では主に、『二つの海』と最新作「プロセウコマイ」の魅力、そして松本玲佳様のこれまでの文学的履歴について御伝えさせていただきました。
もちろん松本様の文学は現在も進化発展を遂げておりますので、この記事はあくまでCAL編集長の目から見た現在の松本様の魅力を御伝えするものになります。
私自身、CALを通して松本玲佳という特別な作家に出会えたことを心から感謝しております。
いつか私が老いてこの世を去り、何十年、何百年と経過した日に、未来の研究者が松本玲佳と鈴村智久の物語が同じ一冊の本の中に存在していることをひとつの「奇跡」として評価して下さることを夢見つつ、この特集記事を終わりたいと思います。
松本様の最新の御活動は、彼女のXアカウントでも日々更新されていますので、ぜひともフォローと御支援をよろしくお願いいたします。
CALの最新情報はCAL公式アカウントでも随時発表していきますので、どうぞご期待下さい。
◆◇書籍情報◇◆
※本記事に掲載させていただいた御写真は、すべて御本人様の使用許可を得た上で掲載させていただいております。