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学校で習った英語を利用して、フランス語で「星の王子さま」を読み、聴いてみる

十代のころ「星の王子さま」を翻訳で読んだことがあります。あまりに有名な物語なので、一度は読んでみようと思ったのです。けれどもそのときは、ただ読み流すだけで終わってしまいました。頭では良い物語だと思うものの、胸や心で感じることができませんでした。

それから何十年も経ったあとのことです。ある大人の女性が「星の王子さま」を読むと泣いてしまうと言うのを聞いて、ふと、また読んでみたくなりました。改めて読んでみると、今度は、あちこちで自分の中に刺さってくるものがありました。

この物語にはいろいろな大人が出てきます。ビジネスマンや地理学者や大酒飲みなど。社会の縮図ともいえます。金勘定に追われたり、自分自身で体験することを忘れてしまったり、現実から逃避したり。そんな大人たちの一人ひとりが、どこかしら自分と重なり、読んでいて身につまされます。飛行士、王子さま、バラ、キツネについても、いい歳した大人になって初めて気づき、わかることがありました。

ところで、悩ましいことが一つありました。翻訳によって受ける印象が随分違うのです。

サン=テグジュペリが書いたとおりの言葉で読んでみたい、フランス語の朗読を聴いてみたい・・・そんな気持ちが強くなっていきました。読書は作者とのひそかな対話であると言われることがあります。翻訳で読むのは、通訳を介して対話しているようなものです。それで意味は通じます。しかし、いくら拙くても直に対話をしてみたい。そう思うようになっていきました。

とはいえ、私にはフランス語の壁は高すぎます。学生時代に第二外国語としてフランス語を選択しましたが、まるっきり怠けていて、ほとんど何も身についていません。唯一覚えているのは、「星の王子さま」とキツネが出会う場面が例文にあったことと、「すべてを忘れ去ったあとに残るもの、それが教養である」という例文に妙に感心して、「自分のフランス語もそうだろうか」と思ったことぐらいです。

こんなわけで、原語で読みたいとは思うものの、無理だと諦めていました。文法を一から学び直すのは大変ですし、そもそも「星の王子さま」を読むためだけに外国語を学ぶのはおかしなことと思っていました。日本の英語教育の考え方が自分の中に刷り込まれていて、外国語を学ぶなら、読む・書く・聴く・話すの四技能を満遍なく伸ばさないといけないと思い込んでいたのです。

その一方で、原語で読みたい気持ちはおさまりませんでした。詩のような物語と言われるこの作品を、なんとしても原語で感じ取りたいと思いました。

そこで一計を案じ、学校で習った英語を有効活用することにしました。

フランス語と英語は、文法や語彙が似ています。英語は、学校で勉強しています。物語の内容は、すでに日本語の翻訳で読んでわかっています。そこで、原文と英語訳を照らし合わせてみると、意外にもどんどん読み進めていけました。

例を挙げます。「大切なことは目に見えない」という言葉は、原文と英語訳ではこうなっています。

フランス語  L'essentiel              est   invisible    pour  les  jeux.

英語     What is essential   is     invisible     to     the  eye.

日本語    大切なことは     見えない   目には

原文の意味がわかれば、「大切なこと」「肝心なこと」「本質的なこと」「大事なこと」など、自分でいろいろ訳語を考えることもできます。

このように比べてみると、フランス語は、英語とは非常に近く、日本語とは非常に遠い言語であることがわかりますね。英語を勉強すると、知らず知らずのうちにフランス語に近づいていきます。

「星の王子さま」は、フランスでは小学生のうちに読んでいるようです。つまり、文法や語法は比較的易しいといえます。英語訳のほうは、中学3年から高校1年程度の英語で理解できます。かりに知らない英語表現があっても、日本語訳を参照すればほぼ解決できます。こんなわけで、英語訳を足場にしてフランス語の原文を理解し、日本語訳を足場にして英語訳を理解していけば、なんとかフランス語の高い壁をよじ登っていけます。

もちろん、これだけで原文をすみずみまで理解できるわけではありません。フランス語は、男性形・女性形の区別が面倒で、動詞の変化も複雑です。いきなり原文を読んでもわからないところだらけです。

しかし、それでもよいです。今ここでの目的は、文法問題や和訳問題を解くことではなく、ただ、日本語での感動を原語で新しく体験し直すことなので。

一つひとつの文の意味は、すでに日本語訳で読んでわかっています。すべきことは、日本語で読んだことがフランス語でどうなっているか確かめ、感じることです。朗読を聴き、言葉の響きとリズムを体感することです。作文やスピーチをするわけではないので、男性形・女性形を使い分けられなくても動詞の活用ができなくても支障はないです。

実際には、こうしました。

①まず、フランス語と英語のバイリンガル版を購入しました。いわゆる対訳版ですが、フランス語と英語が一文ごとに対応していて、語句を付き合わせやすくなっています。フランス語と英語の朗読もついています。アマゾンで新品が2000円以下で買えました。
②次に、フランス語を見ながら朗読を聴きました。もちろん、ちんぷんかんぷんです。けれども、見ながら聴いていると、アルファベットでできた符号の列にしか見えなかったものが、だんだん生の言葉として感じられるようになっていきました。
③それから、英語とフランス語を突き合わせながら読んでいきました。最初は、パズルを解いているようなぎこちない感じでしたが、その一方で、原文ではこうなっていたのかという喜びもありました。読み進めていくうちに、だんだん馴染んでいき、一つの文字列が一つの意味をもった美しい言葉として感じられるようになっていきました。単語は、同じものが繰り返し出てくるので自然と憶え、いちいち英語と付き合わせることが少なくなっていきました。
④併せて、フランス語の朗読も繰り返し聴きました。Youtubeでいろいろな朗読が聴けるので、聴き比べたりしていました。そうしているうちに、フランス語の朗読が、ただの音声でなく、意味をもった響きとして聴こえてきました。拙いながらも、自分で声に出して読めるようにもなりました。

こうして原文を読み終えると、欲が出てきて、嫌だった文法も勉強してみる気になりました。改めて文法の本を読んでみると、以前よりもずっと楽に読めるようになっていました。ただし、最初から最後までくまなく読み通すのでなく、必要なところを重点的に勉強しています。

フランス語で「星の王子さま」を読んでみたいけど、そのためだけにフランス語を勉強するなんて無理・・・そう思って諦めている人は多いかもしれません。私もそうでした。けれども英語を補助として使うと、すぐに読み始められます。最後まで読み通さなくてはいけない、ということでもないです。自分が好きなところだけ原文で読むのも喜ばしいことですね。

あえてスポーツにたとえるなら、目的は、大会に出場して勝ち続けることではなく、今この場でスポーツの喜びを味わうこと。それならば、ちょっと手助けがあれば、すぐに始められます。やる気のある人は、それから本格的にトレーニングをすればよいです。

このnoteでは、こんなふうに読んでいった中で、特に印象深かった表現を一章ごとに書いていきます。フランス語で読んでみたい人への後押しになればと思っています。