違った視点でストーカーについて書いてみる。

皆様、お疲れ様です。
ストーカーという言葉を耳にするようになってから30年以上経ちますけど、取り締まる法律は出てきても一向に減る気配はありませんよね?
そもそもストーカーって恋を諦めきれない男ってイメージが強いですね。実際そう言ったケースも多いですしね。
ただ、この諦めきれないの意味も近年は違ってきてる気がします。ここからは僕が過去に見てきたケースを基に書いていこうと思います。

そもそも、僕の世代は就職氷河期でして、報われない世代と言われていました。実際その通りで、新卒で就職した場合は、文系大学なら営業以外選択の余地がありませんでした。実際企業は差のつけやすい職種のみの採用に特化して、篩にかけていたというのもありますしね。実際結果が出なければすぐに首を切られる職種なだけに生き残るのも大変でした。
こんな状況だから、常に競争に晒されるのです。恋愛だって例外ではない。
ここから歪んでいくんです。単に恋愛が目的ならいいんですよ。けどここでいうストーカーは他人に優劣をつけるのが目的だから、付き合ったら勝ちなわけで、その先が続かない。競争社会に嫌でも引き込まれた上、まともに恋愛もした事のない世代の人間からストーカーが出てきている気はしますね。
最近の中高年の事件が悪質なのも、相手を思いやるとかよりも、自分が生き残ることが優先って考えから起きていると思います。
だからこそ自分さえ良ければいいという所謂ミーイズムが蔓延り、相手の気持ちを無視したような大人も増えるのです。結果ストーカーに限らず、目的の為に手段を選ばない大人が増えて、世も荒んでいきます。
昔は良かったとは言わないけど、今ほど自己責任や個人行動が重んじられる世の中もまた寂しく思います。もちろん個人の尊重は大事だけど、相手を思いやる気持ちも必要だと思うんですよね。それが薄れた結果が今の世の中だと思います。僕達一人一人が人を思いやると言う気持ちを忘れずに生きていくことこそ、今すべき事なのではないですかね。
最後のほうは趣旨から少しそれていったような感じがしますけど、今回はこれで終わりたいと思います。ありがとうございました。

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